東京メシ3連発

夏の東京、食べたい物は山ほどあるが、こちらもいささか歳を取り、なかなかガッツリ行きましょう!という訳にはいかぬ。ロオジェだろうが何処だろうがグランメゾンへ一人で乗り込み、先客たちを尻目に、後からお先へ(残したい土佐弁)でこてこてのフルコースを一時間足らずで食べていたのは二十代の話。その上夜中には必ずラーメンか何か夜食を食わずには寝られなかったのだから、どんだけ!である。

そんな私も来年は不惑。食欲は有っても食べられる量に陰りが見えて来たのもむべなるかな。しかし、食欲そのものは衰えるどころか、かえって人生に残された限り有る食事をなるべく失敗したくないという思いで心は千々に乱れ、演舞場からの帰り道、八分方は竹葉で胡麻豆腐、蓴菜酢、めばるの煮付、鯛茶漬けという献立まで出来上がりなから、逡巡を重ね、三越前の横断歩道を二往復した挙げ句、「やっぱり夏はどじょうちや!」との思いに至りタクシーに飛び乗って一目散に高ばしの伊せ喜へ。

ビールを注文すると見習いのねえちゃんが、「ビール一本でよろしいですか?」とのたまう。「一人で来てんのにいっぺんにビール二本頼む人間が何処におんねん、ボケ!」と言いたくなるが、この頃はこんな手合いには慣れているので、穏やかにスルーする。するとこのねえちゃん、鯉の洗いを頼んだ時も「酢味噌、(ここで一瞬の間)一つでよろしいでしやうか?」と聞く。私も一瞬?と思ったが、「酢味噌の他に何かあんの?」と聞くと、「いえ、酢味噌になります」。つまりこの子は注文の数だけが頭に有って、他の事は何にも無いのである。一人で来て醤油や薬味を二つ以上頼む客がいたら普通要注意だが、この子はそういう常識すら(出ました平ちゃん!だに、すら、さへ!)持ち合わせていない。こんなんだったらロボット雇った方が百まし(これも土佐弁?)である。かほどの名店のサービス嬢がそんな?と訝る向きには実体験をお薦めする。

しかし、それでも私はこの店が大の贔屓である。なんとなれば、この店には二人の古参ねえちゃん(むろん三十年から昔の)がいて、これが何とも言えぬいい味なんである。客にもああだよ、こうだよ、とタメ口はもちろん、逆らう事は出来ない風格がある。これが高級料亭や老舗旅館なら、後輩を厳しく躾けるやかましい婆さんという位置づけになるのだろうが、こういう下町ではそうはならない。彼女と彼女らはグルで、気儘なようだいを言う酔客をいかにテキパキ捌いて看板にはピシャリと雨戸を閉めて終るか、それが第一義であってお愛想は二の次三の次である。私はこういう店が一軒でも多く我が国に残ってほしいと願うものである。

昨今は安物を売る店のサービス過剰に慣れて、僅かな銭を使うのに大きな口を叩く客が多過ぎる。「感じがいい」事は高級店やチェーン店では絶対条件でも、個性第一の名店では当てはまらない。その最たる「きみちゃん」なる店が高知の西の果てにあるが、それは別稿に譲る。東京三夜を書こうとして一夜で墨が枯れた。

呉服・着物・和装 高知県高知市 (c) ごふく美馬.