猛暑三観

先週に引き続き上京して芝居を観る。

まづは国立の第八回亀治郎の会。兎に角、客の入りが凄い。六回の公演が売れに売れて追加公演が一回、それでも二階三階まで超満員。テレビや映画の仕事も関係あるだろうが、当代若手の中でも、亀治郎という人には猿之助ゆずりの大衆性とサービス精神が豊かであり、このような広い支持を集めるのであろう。その上芝居が巧いのだから受けないはずがない。その事は別にして、私はこの人の立役にはどうしても違和感を感じてしまう。猿之助の業績を継ごうと思えば立役を兼ねるのは致し方ないが、やはりこの人は女形の人である。ただでさえ御曹司がみな立役志向で女形が少ないのに、あえてこの人が立役をしなくても、と思わずにはいられない。女優めいた女形でなく、ねっとりした古風な味は、遠く明治大正を遡り、江戸の女形を彷彿させると思うのだが。それと、立役をすると澤潟屋そっくりの「しゃししゅしぇしょ」と言う発音が多出して気になって仕方ない。是非に真女形の道を進んでもらいたいと思うと同時に、この優が、大車輪に出来なくなった時、どういう芝居をするか、非常に楽しみである。

夜は演舞場の四谷怪談。勘太郎のお岩が初役にして大出来。この人には客に媚びない行儀の良さの上に、求心力と集中力がある。こういう息を詰める芝居は打ってつけである。この役の為に十何キロも痩せたそうで、すっと立った立ち姿は六代目梅幸の写真を思い出させる。三役の内、与茂七のすっきりした男ぶりは、この頃東京人でもあまり言わなくなった「好いたらしい」という言葉がぴったりの心地良さである。この人はひょっとしたら親父を越えるかも知れないな、とこの頃思うことしきりである。

さて今朝は早起きして大阪へ。年に一度関西系の脇役たちが晴れ舞台を勤める上方歌舞伎会の公演へ。健闘、沈没、玉砕ない交ぜの中で、片岡千志郎の源蔵が会心の出来である。この優は日頃は通行人の様な役以外中々お目にかからなかったので、声もまともに聞いた事がなかったが、第一声の「氏より育ちと言うに、いづれを見ても山家育ち、世話甲斐の無い、習え、習え」という名台詞が、指導した仁左衛門の特徴を良く捉え、腹があったのには吃驚もし、感心もした。学ぶは真似ぶだから、師匠の形、口跡を写すのは藝の大基本だが、この人には松島屋一流の「ハラ」の片鱗がうつっている。むろん動きや何かに幼稚さはあるが、それは問題ではない。場数を踏んでないのだから無理からぬ事だ。そんな事よりも、この幕の武部源蔵という人の苦悩、一か八かの瀬戸際感をぐっと腹に持って演じ切った事は、教えも教え、習いも習うた大極上の成果である。こういう人に日の当たる歌舞伎界である事を、切に願うと畢。

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