一泊三日東京の旅 その2

二日目は歌舞伎をはしご。昼は国立劇場の真山青果二本立て。「天保遊侠録」と「将軍江戸を去る」。

断然、江戸を去るがいい。吉右衛門の慶喜と染五郎の山岡鉄太郎の緊張感ある対決が大いに見せる。
染五郎は前幕の彰義隊の陣門に乗り込んで来る出からいい。山岡鉄舟というと私などはすぐ映画の右太衛門を思い出す。むろんあんな押し出しはないが、出て来た瞬間、「あ、これいける」と思わせるものがある。うっすら無精髭を生やした化粧も巧い。そして発声に無理がなく、かつ迫力があったのは続けて播磨屋と一座している賜物か。
吉右衛門の慶喜は、まさに将軍江戸を去る場面が大立派。少し立派過ぎるくらいである。

遊侠録は何故か芝居が滞り発散しない。中では東蔵の阿茶の局が大奥中臈の威厳と身内への情愛を同時に見せて一番の功労賞。芝居は脇が良くないと本当につまらない。こういう人もこの人で最後になるのでは、と心配する。
芝雀の八重次は姿といい、する事といい立派なものだか、やはりこの人は時代物の人であり、ポンポン早口で男をやり込める、なんて役にはセリフが重たい。この役はだいたい女優がやった方がいいのではないか?といっても今の女優で歌舞伎の一座に入って芝居の出来る者などいぬが。


夜は演舞場夜の部へ走る。四月以来歌舞伎座の前は通らないようにしていたが、タクシーで前を通るとほとんど跡形も無くなっていて、むしろほっとした。壊れかけの様な無残な姿を見ずに済んだ。
序幕、盛綱陣屋が今夜の眼目だが、さすが松島屋、他には無いやり方でみせる。一口に言うと情に溢れた盛綱である。首実検も他にない細かさだが、幾度目かの思い入れのあと、肩を震わせて笑うのはいかがなものか?後ろで時政が見ているのに、バレバレではないか?

この芝居で盛綱に劣らず重要なのが母微妙であるが、私の眼には又五郎が焼き付いている。つよさと情の塩梅がまことに「微妙」で、晩年の傑作だった。神谷町も無論立派だが、やはりこの役は立役から出る物だろう。女形がするとどうしても情が勝ってしまい、戦場の厳しさが薄れてしまう。秀太郎は今日では上の部類だろうが、やはり柔らか過ぎる。
小四郎役の子どもがあまりにもきちっと出来すぎてつまらない。これも不思議で、子役というものは多少危なっかしいくらいが愛嬌があっていい。適齢の御曹司がいない事もないのに何故か小三郎ともども子役グループからの二交代。


三代の三津五郎追善の「どんつく」の後「酒屋」。私はこの芝居は観た事が無く、年表を見ると、平成になって東京では初めて、後は京都で三度上演されたのみである。こんな有名狂言なのに、いささか驚き。戦後の上演を見ると三代目梅玉、二代目雁治郎、三代目時蔵、十三代目我童といったいかにも古風な味の人たちによって上演されて来ているので、現代の役者には中々手が出なかったのだろう。大成駒が五度もやっているのは意外だが、それで福助にもつながる。

私はいいお園だと思った。この人は内向的な芝居をさせると当代一である。反対に発散型をさせると、とかくやり過ぎていけない。露悪的な仰々しい芝居を廃し、どうかこの路線で歌右衛門襲名まで行って欲しいものだ。回りを全部上方系の人で固め、福助をもり立てた。

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