三観一聴

明日から高知で年に一度の外会場での展示会だと言うのに、道楽主人は芝居を観て回っております。我ながら呆れます。
しかしそれも皆大事なお得意様つながりの舞台ばかり。決してただ遊びほうけているわけではありません、これはれっきとした出張です!と、ここで言い訳。

さてまずおとといは朝高知を立って名古屋御園座へ。夜の部を観劇。飯炊きの無い御殿(伽羅先代萩)はやはり物足りない。久しぶりに観た気のする田之助さんが元気そうで安心。
幕間に御園座の長谷川社長がインフォメーションにいらしたのでご挨拶する。社長とはいつも助六上演の度に河東節で御一緒させていただいている。
お若くもあり、我が家同様の城とは言え、社長自ら入口の受付の囲いの中に入っていらっしゃる姿はなんとも微笑ましく、この人は現場がお好きなんだなと思う。
「遠いところありがとうございます。」とご丁寧なお言葉。私の様な者にも偉ぶらないのが、お育ちの良さである。そして、「プロより芝居観てるんじゃないですか?」と言われ苦笑。プロとはおそらく劇場関係者や劇評家の事をおっしゃったのだろうが、確かに東西をまたにかけて観てるという事でいえば、かなり観ている内に入るだろう。
本数だけなら東京で三日にあげず通う様な人には敵わないが、地方から、東京はおろか名古屋、京大阪、博多まで飛び回って観る人はまあ私以外にはあんまりいないだろう。
終演後は若手四人と食事に行き、その後軽く飲みに。そこのママがとてもいい感じで、すぐにアドレス交換。着物の話になり、うちのオリジナルの歌舞伎染帯の事を言うと、是非見てみたいと。帰ったら写メしますと約束。
楽しく遊んでたらちゃんと仕事が付いて来るから不思議。やっぱりこの旅も出張だ。

明けて昨日は早起きして新幹線に飛び乗り東京へ。11時過ぎに東京駅着。
昼の芝居の開くまであと45分である。普通の人ならここで「45分しかないので駅で何か食べるか、さもなくば劇場へ着いてからサンドイッチでも買おう」と考えるが、食い意地の張った私の頭にはとっさに砂場の松茸そばが浮かんだ。
「ちょっと無理かな」と思ったが「いける」と踏んで日本橋室町へ車を飛ばして行くと、なんとまだ開店していない。電話を掛け「店の前で待ってるんですけど、11時半きっかりじゃないと開きませんか?」と問うと「はい、すみません11時半開店ですので、もう少しお待ち下さい」との返事。
芝居は12時開演である。ここから日比谷までタクシーで15分として、11時45分には出なくてはならない。てことは開店して注文して食べ終わるまで15分しかない。かなりタイトである。
もりだけなら一枚一分三十秒で食べられるが、せっかくのこの時季、松茸そばを食べなきゃここへ来た甲斐がない。熱い汁をすするとなると、まさに時間ギリギリである。
すでに私の後ろに数組の客が並んだ頃、待ちに待った開店。シャッターが上がる、滑り込む、大急ぎであることを伝えながら、席へ着く前にお姉さんに注文。「松茸ともり!」そしてMKに電話して車を手配。
まずもりが来た。ズルズルっといく。冷たくて美味い。昨夜は肉でこってりだったから、胸が洗われる。
続いて松茸。濃いい濃いい醤油色の出汁がたまらない。これまた昨夜の酒でもたれ気味の胸に染み入る。

そこへMKから15分ほどかかると電話。 「それじゃ間に合わないから大急ぎで!」と伝え、そんならその間にもう一枚と「もりお代わり!」すると5分で車が来る。何だよ15分とか言って!とか言いながら一気に手繰る。やっぱ美味いはここんちの蕎麦は。
色々手打ちの名店も行ったが、私にとっての一番飽きない定番である。

タクシー飛ばして日生劇場へ着いたのは開演七分前。余裕余裕。
今日の芝居一本目は松本幸四郎主演「カエサル」である。西洋史がまったく苦手な私には、良く飲み込めない所もあったが、高麗屋はさすがにお手の物で、低音の第一声から客を引き付ける。若手が何人も声を痛めてしまってる中、朗々とした台詞でベテランの底力と術を見せる。
終演後は奥様の御案内で楽屋へご挨拶。他のお客様も帰られ、旦那もリラックス。
私が夜の紀保ちゃん(高麗屋ご長女 松本紀保さん)の芝居が七時半からなので四時間以上も時間があるなどと話していると、「まあゆっくりしてって」とソファをすすめられ、おまけに旦那のお昼のオムライスを「美馬君半分どうぞ」とお裾分け。
何だか食べてばっかりだか、このオムライスが銀座の名店ペリニィヨンの特製だから、まずかろうはずがない。その上ポットに入って熱々のコンソメの美味いこと!
旦那は横になられ、紀子奥様と小声でしばらくおしゃべりした後、失礼する。

早めにホテルにチェックインして休んでから夜の芝居へ。タクシーに乗って地図を渡し「ここなんですが」と言うと、この運転手が渡した地図をろくに見ないで「何てとこ?」と聞く。
「赤坂レッドシアターってとこなんですが」と答えると「ああ、何かやってるとこね」と言って発車。
怪しいな、と思ったら案の定、赤坂サカスの坂の下で降ろされそうになり、ここじゃないと言って再度地図を見せたらこやつ、「すみません」の一言もなく、メーターも切らずにナビに番地を入れて再発車し、ぐるぐる回ってやっと近づいたとこで私が赤い看板を見つけ「ここです、ここ」と言ったら、またしても何にも言わずに千いくらの料金取ろうとするからついに私もブチ切れた。
「駄目だよ運転手さん、最初っから地図渡してんのにろくに見ないで!」と言うと全く反省の色なく「あ、いいですいいです基本料金で」だと。
てめえこの野郎!と思い「いいですじゃないよ、当たり前だよ!めちゃめちゃ遠回りしてんだから!N交通(赤坂が本社)ともあろうもんが。態度悪いよあんた!」と怒鳴って下車。
道の分からない運転手が、なかなか行き先に着けなくても、そこにすみませんの一言さえあれば怒りはしないが、こんなふざけた雲助野郎は断じて許せない。



怒りを抑えつつ劇場へ入り通路から中ほどの席へ着こうとすると、向こう隣のご婦人が、さっと私の席のシートを倒して下さった。長いこと芝居へ通っているが、こんな事は滅多にない。
私なども人様にして上げたい時があるが、今の時代、殊に若い男がやると変に思われる気がして、なかなかスマートに出来ないものである。
この親切のお陰で、さっきのバカ運ちゃんの件は水に流し、芝居に集中出来る。
今夜はらくだ工務店の「動かない動物」である。
このところ紀保ちゃんはこういう小劇場系の芝居に出て、独特の存在感で毎回ヒットを飛ばしている。偉大な父の庇護から離れ、どうやら自分の居場所を見つけたようである。

終演後はスタッフ、出演者に交じって初日打ち上げに参加させてもらう。さすが小劇場系、居酒屋とは言え赤坂のど真ん中で会費二千円とは驚いた。

それはそうと今夜の劇場は初めてだったが、実にコンパクトで椅子の具合も良く、特に音の響きが独特であった。キンキン響かずに、すっーっと壁に染み込んで行く感じ。そうそう、岩に染み入る蝉の声、みたいな感じ。あまり今まで体感した事の無い音響である。好きな劇場だ。

さて今朝はゆっくり寝てホテルでお昼を食べ、紀尾井ホールのお筝の演奏会へ。河東節の稽古で一緒の若手箏曲家、鈴木真為ちゃんのリサイタルである。ほぼ満席の盛会で何より。
ロビーでやはり河東節同門の船曳先生(東大院教授)と立ち話。うちの事をお友だちの林真理子さんに宣伝して下さったとのこと。ありがたい。
終演後は楽屋へ。賛助出演していた山登松和さんと来月の伝統芸能の夕べの打ち合わせ。
真為ちゃんがお客様のお見送りから戻って来て、箏曲については素人なので何もアドバイス出来ないが、着物と髪とお化粧について気の付いた事を言う。
他の舞台でもある事だが、金屏風の前で映える色とそうでない色がある。能舞台でもそうだが、金茶系、薄いオレンジ系などは背景と同化してしまう事があるので要注意である。

だらだら書いている内、間もなく高知。帰って寝たら二時か。明日は早く起きて展示会初日の幕を開けねばならない。お客様来てくれるかなあ。

呉服・着物・和装 高知県高知市 (c) ごふく美馬.