初伊勢

厄年神仏めぐりの第一段として、生まれて初めてのお伊勢参りに行く。

朝五時起きで高知を出、京都から近鉄に乗り換えて、二時間弱。
参拝に来たにもかかわらず、まーちゃんとむーちゃんは駅前の商店街へ次々と引っ掛かる。
「ここいっつも寄んねん」と言いながら、銘々が勝手に店に入って行く。並の一座ならとうてい付いていけないマイペースさである。
しかしこの三人は、我もマイペースだが、その代わり他人のマイペースにも付き合うのである。
とにかく正倉院から場末の商店街まで、自分の目で何かを判定する、という事に無上の喜びを感ずるのである。
私は帽子を三つ買った。


いよいよ外宮へ到着。
白い幕の向こうに風の吹く度社殿が見える。特別に幕の向こうでお参りしている一団もあったが、むしろ私はあの幕から垣間見る方が有難いように感じた。

お札やらお守りを求めた後、折角ここまで来たのだからと、御神楽をお願いする。さすが天下の伊勢神宮、鳴り物が揃っていて気持ちがいい。何より楽器が上等である。
志ん生の言う、ちょっと叩いても音のする火焔太鼓という物を、見た気のするような太鼓である。
二人の巫女のうち、下手の器量良しの方が下がる度、供え物を早く置いて戻らないといけない為、途中から急に早間になるのが私たちのツボにはまり、今日一番のネタになった。


外宮を辞去してバスに乗り内宮へ。


橋を渡って五十鈴川のほとりへ。これぞ我が山田五十鈴先生の芸名の由来となった聖流である。ファンになった中学生の頃から一度来なくては、と思っていたこの地へ厄年のお陰でやっと辿り着いた。感慨無量である。
川底には注意書の看板も虚しく無数の賽銭が沈んでいる。が、しっかり網を張っているので、時折引き上げるのだろう。一網打尽。夜中に拾いに来る賊がいそうである。

いよいよ奥の院へ。森の中を歩いていると、なんとも言えない清々しい気持ちになる。普通の山の中を歩いても、なかなかこんな気分にはならない。ただの森林浴というのではなく、実に身の引き締まる、それでいて心静まる空気である。
他の神社とは別格の、森全体が神宿っている崇高さ。神韻縹渺とはこういう事を言うのだな、と初めて体感した。
本殿の前に立ち、ここではちょっとお賽銭を張り込んで礼拝。物凄い数の参拝者だが、神の導きか、不思議に滞りなく、うまい具合に人が流れる。有難い気分で来た道を戻り、お札や御守りを買って神宮を後にする。


ビギナーの私は二人に従い、定番コースのおかげ横丁へ。ぜんざいを食べ、赤福の本店を見、次に入ったのが徳力富吉郎版画館。これが私の好みにバカ嵌まりでえらい事に。
徳力先生の名は、梅嘉ちゃんが直筆の帯を描いてもらったと前に見せてもらっていたが、版画作品はあまりお目にかかっていなかった。
数千円からのリーズナブルな作品の数々を片っ端から引っ張り出し、腰を据えて選ぶ。都合十数枚を購入。二人は呆れながら待っていたが、待ちきれなくなったまーちゃんは、たこ棒を買って来て食べている。

会計を待つ間、ふらっと茶席スペースの御軸を拝見と畳に上がると、ここでまた運命的出逢いが私を待っていた。
風炉先屏風に水墨で描かれた何とも風雅な注連飾り。徳力翁九十一歳の筆とか。まさか売り物ではあるまいとおもっているところへむーちゃんが「これおいくらどすの?」と聞くので「非売品に決まってるやん」と私が遮ると意外にも「先生の御自宅からご遺族の御好意でお借りしている物ですが、どうしてもとおっしゃる方があればお譲りしても、というお話です」との答。恐る恐る値段を聞くと想像の半額以下。
これもお伊勢さんの御利益と、即決。いい物に巡り会え、幸せ気分で外へ出ると、もう真っ暗き(誤記ではありません、悪しからず)。二時間も版画館で粘っていたのだ。すでに参拝者もほとんどいない。

続いての予定である松阪牛牛の店へ行くためタクシーを捕まえ、まーちゃんが値段交渉する。八千円だと言う運転手の言う事には耳を貸さず「五千円で行って!」と自分で値段を決める。「ほな六千円」と運ちゃんもささやかな抵抗を試みるが、所詮まーちゃんの相手ではなく、「わ、わかりました」と敢えなく陥落。
松阪で和田金と双璧の老舗、牛銀へ到着。ここでの定番という汐すきを注文。
汐すきとは白だしベースのタレであっさりいただくすき焼きの事。変わっているが私の口には今一つ中途半端だった。それと肉と交互に炊く野菜の中の人参の香りが強すぎて、肉より出しゃばり過ぎ。
最後の白ご飯が一番美味しかった。

松阪駅に到着。先に買っていた指定席はとっくに乗り遅れて無効になっているのにもかかわらず、むーちゃんは時間までに変更しなくても後の電車の指定に座れるよう電話で念押ししておいたばかりか、まだその上に、本来四人で買わないと座れない特別車に陣取り、改札に来た車掌に「来たら退きますし、よろしやろ?」と交渉してまんまと認めさせてしまう。恐るべき胆力であり、敵に回したくない最強いとこコンビである。
しかし、それからがいけなかった。すっかり寝入った三人は途中で乗り換えなくてはいけないのに、気が付くと「鶴橋〜鶴橋〜」のアナウンス。

「鶴橋て何?」とむーちゃんが寝ぼけて呟く。まーちゃんは「あの鶴橋(焼肉の)ちゃうやろ」と、これもまだ事態が把握出来てない。でも次の瞬間「次は上本町〜」と言うのを聞いて、我々は完全に乗り過ごして大阪まで来てしまっている事を知ったのである。
「神様にお参りした帰りにズルしたら早速バチが当たった」「騙すつもりが騙されてくれて!」と大笑いで電車を降り、そこからまた迷走してとうとう新大阪から新幹線に乗って京都へ帰り、それから恵比須さんにお参り。




耳の遠い恵比須さんに聞こえる様に、板をドンドン叩いて願い事を言うのが決まりだが、私の後の若い男の子が、「恵比須さん恵比須さん、起きて下さーい」と言ったので大爆笑。すかさずまーちゃんが、「えべっさん寝てんのちゃうの、耳といの!」と突っ込むまいことか。

小腹が減ったので行き付けのK6で夜食。あっさりお蕎麦か何かがいい、とか言ってたのに、来れば海老フライとかカニクリームコロッケとか注文するから訳が分からない。
朝五時起きで来てホテルへ帰ったのが二時。かくして長い一日は終わった。いつもながら、抱腹絶倒の珍道中であった。

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