こんぴら歌舞伎


今年のこんぴら歌舞伎は私と縁の深い高麗屋親子と梅玉丈を中心とした一座で、私も初日と二日目、千龝楽と三日間お客様を伴って出勤。
震災後一ヶ月足らずで初日を迎えたが、ここだけは別世界の趣で連日大入り札止めである。
中でも夜の部の染五郎大奮闘「鯉つかみ」が大評判であった。四十年ぶりの上演とあって、一から作り上げた様な物だが、ちょっと幻想的な雰囲気が染五郎の持つ味を生かし、小屋の雰囲気にも合って、見物も大喜びである。
ケレンはケレンだが、海老蔵や亀治郎の明快な派手さとは違う染五郎独自の陰影を含んだ舞台を、見物が大喝采で受け入れた事に、私は身内として寧ろ少しく驚きを持ち、戸惑った。どの位「染五郎らしさ」を愛しているのか、という点で。
まあ、そんな憎まれ口を叩かずとも、我が贔屓役者の評判を嬉しく思っていれば良いのだが、そこが天の邪鬼たる真骨頂である。


紀子夫人は私の伺った日は三日とも当店納めの着物と帯を召され、気遣いに畏れ入る。

千龝楽には高知のみならず、京都から上七軒、宮川町のチーム美馬が結集。舞台に負けぬ華やかさである。


今日の日の為に誂えた藤の着物を来た梅嘉ちゃんの似合い方は尋常ではなく、宮川町舞妓三人娘とともに、客席から注目の的であった。



他人が生地獄に喘いでいる時に、という人もあるだろう。が、元気な人は元気に、楽しむ時には楽しまなくてはならない。そうして初めて人の心配も世話も出来る、と私は考える。
昭和二十年、杉村春子の代表作「女の一生」の初演時、人々は空襲で途中何度も休止しながら劇場から逃げなかった。芝居を愛する人にとって、芝居という物は、決してただの暇潰しでも、快楽に耽るだけの娯楽でもない。我々はそれこそ、いつ死んでも悔いの無いように、必死(この所ルビ)で芝居見物をしているのである。

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