ひとり北京ダック

先日東京出張の折り、久々に鳥煮込みソバが食べたくなって六本木香妃園をおとなう。

たいていは青菜炒めをまず注文するがこの日は急に北京ダックが食べたい!という衝動に駆られ、頭に浮かんだ時点で涎が出て仕方がないので、値段も分量も度外視して悩む間を自分に与えず一気呵成にオーダーした。

冷静に考えたら一人で北京ダック頼む様な人間はこの世にもそうそう在るまい。

第一ここは一人でちょっと食べる、という店ではない。それが証拠に今までこの店で自分の他に一人客というものを見た事がない。

故に一人用のポーションは麺、飯類の他は存在せず、北京ダックはハーフでも六本である。

巻く前にまずはアヒルの皮を運んで来て見せる。「顔見世」ならぬ「皮見世」である。


照り照りに炙られた皮の飴色がいやが上にも食欲、というより味覚欲を頂点まで高め、口中に溜まった涎をゴクリと呑み込ませる。

今日は珍しく若手の給士が「巻き」を担当。
薄餅の上に甜麺醤を塗り、胡瓜、葱、アヒル皮を載せて畳みながら巻く。割に手早いが六本すべてを巻いてから出すつもりらしく、二本目が出来上がったところで堪らなくなり、「もう待ちきれないから先にちょうだい」と言って小皿にもらう。


薄餅のモチモチ、胡瓜のシャキシャキ、ダックの脂肪の滲み出た旨味、甜麺醤の甘味、そこへ葱がピシッと効いて来る。
足すものも、引くものもない、完璧なハーモニーである。

が、である。やはりこれは一人一本、良く食べて二本までの物。
私は頑張って三本食べたが、そこが限界。残りはおみやげにしてもらう。
テイクアウトさせないと言われたら勿体ないので意地でも完食したかも知れないが、翌日さぞ胸焼けしたことだろう。

何にしても目的は達成して満足。


後に胃袋の隙間を残せたので大好物だが滅多にここでは注文しない酸辣湯を注文。痛辛旨い。
汗がほとばしる。たらたらたら。流れ出る。滴り落ちる。汗が目にしみる。それで涙が出る。涙と汗が一緒になって酸辣湯の中にぽたぽたポタポタ落ちる。

何ゆえここまでして食い物に挑まなくてはならぬのか。「食業」としか言い様が無い。

その後やはり食べないと気が済まぬ鳥煮込みソバを平らげて終わる。

一生にあと何度こんな風に食事が出来るのか、そう思うと悲愴感さえ漂って来るのである。

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