私の銀座3

今日は海老蔵復帰で賑わう新橋演舞場を通しで観劇。その昼夜の間が一時間以上有ったので、歌舞伎座閉場以来久しく訪問していなかった「茜屋」へ。


ここも古き佳き銀座らしさを残した希少な名店である。

名店の三大条件である味、雰囲気、主人のキャラの三点全てを満たす三ツ星店はそうザラには無い。




まず雰囲気。落ち着いた木目調の内装に、華やかなカップやソーサーが完璧なバランスで配置され、カウンターに座る客の目を虜にする。
どこで売っているのか、薄過ぎず濃過ぎず、この色でなければならない見事な紫色のタオルがひときわエレガントさを醸し出し、貴族的な中に一抹の退廃味を加えている。

そして壁に並んでいる書籍は青蛙房の歌舞伎や落語関係の名著の数々。このミスマッチが憎い。


そして味。私はここでは珈琲と並んで「あいすここあ」を良く飲む。綺麗なグラスに注がれて供されるのを、ストローで一気にチューッと飲み干す。甘美。

そして何と言ってもこの店の一番の看板は、この店を一人で切り盛りする名物マスターである。


いつでも痩身にビシッとベストとネクタイを纏い、縁無し眼鏡の奥の眼光は鷹の如く鋭く、お愛想などは微塵もない。初めて行った時は恐ろしかった。

この人が流れる様な手付きで珈琲を淹れる姿は一種の芸になっている。趣味はひょっとしてアルゼンチンタンゴじゃないかしらん、と思わせる。

私も長く通っているが、このマスターが世間話をしているのなんか見たことがない。
それでいて私の事もちゃんと覚えている。それが証拠にメニューを出さない。あいすここあか珈琲しか飲まない客だと分かっているから。
今日も座ると水が出てすぐに目が合い、私が「あいすここあ」と言うのにほぼかぶせて「あいすここあ」と返す。

前に幸四郎夫人と一緒に来た時、紹介された事もあるが、マスターは覚えていても絶対そういう話を自分からはしない。「無駄なおしゃべり」は百害有って一利無し、と心得ているのだ。
「沈黙は金、饒舌は銀」である。

しかし今日は途中から隣に座った客がごくお馴染みらしく、マスターに何やかやと話し掛ける。するとマスターも普通に答えて会話をしている。役者の話もちょこちょこ出ている。

そこで大疑問。私も歌舞伎座へは二十五年通ったが、このマスターと劇場の中で有った事がない。日曜が休みなのだから観劇するなら日曜だろう。そして私の観劇日も圧倒的に日曜が多い。
しかるに今までただの一度も歌舞伎座で遭遇しないというのはどういう事か?

もちろん歌舞伎座界隈の、役者御用達の店の中にも、実は歌舞伎はいっぺんも観た事がない、という手合いはいくらもいる。

しかし茜屋のあの蔵書、また演劇界を毎月取っている事からも全く芝居を観ないという事は考えにくい。

次回はジワジワとそのあたりを聞き出してみようか。真実を知るのが怖いような気もするが。

何にもせよ、歌舞伎座閉場の煽りで客足が激減し、廃業に追い込まれた店もあると聞くが、ここは何としても残って貰わなくてはならない。
いや、私ごときが心配するには及ばず、ここはそんなヤワな店ではない。

再開場のその日まで、歌舞伎座無き木挽町の灯台として、私たちの心を照らし続けてくれるに違いない。

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