京江戸大阪かけまわり

今月二回目の出張は三都早回りの旅。

まずは毎年京都で開催する展示会でお世話になっている岡崎の料亭、六盛さんの「歌舞伎サロン」へ。


これは手をけ弁当とともに六盛さんの名物で、毎年歌舞伎の役者さんを招いてトークショーの後、ゲストを囲んでの食事会となる。

今年のゲストは我らが高麗屋、松本幸四郎丈である。いざ岡崎と、京都のお客様、問屋さんたちに声を掛け、総勢二十名引き連れて馳せ参じる。

笑いあり、感動秘話ありのトークの後は楽しく食事がスタート。

幸四郎丈と記念撮影やら、食べ物飲み物を取りに行くやらで、客席はなかなかに繁忙である。


一緒に行った宮川町のふく紘ちゃんが、襟替えを前に揺れる心の内を打ち明けて幸四郎丈からアドバイスを受ける場面もあった。
十代の彼女にも「決断」という言葉の重さが身に沁みた様であった。

最後はお楽しみ抽選会。うちのテーブルは何と色紙を二枚もゲット。

お開きになって後は高麗屋ご夫妻、六盛さん御一家と定番コースで祇園の「波木井」さんへ。
主人波木井正夫さんが、三味線に乗せて様々な俗曲やら都々逸を聞かせる。カウンターで手軽にお座敷遊びの雰囲気が味わえる貴重な店。もちろん一見さんお断り。

演奏の合間に挟む名優の声色が今や京都遺産。

楽しく夜は更ける。


明けて21日は東京へ。日頃からお付き合いのある若手歌舞伎役者、尾上松也丈の自主公演「挑む」の夜の部へ。

去年までは踊りばかりだったが、三回目の今年は初めて芝居が一本入った。

菊五郎劇団の十八番「源氏店」、ご存知切られ与三郎である。

もとよりスッキリした二枚目であり、声の良さは現代歌舞伎界でも随一。初役としてはまず及第であろう。

足りぬ所と言えば、与三郎の根底に有る、育ちの良い若旦那の甘えん坊の味だろうか。

幕外の蝙蝠安との掛け合いなどは、若い役者にしおおせる訳はないが、兎に角五代目菊五郎に思いを馳せる事に尽きる。

お富役の左字郎も健闘。ねっとりした古風さはこの人の財産である。悪婆物を観てみたい。

門弟中では松五郎の多左衛門が不器用な中にもこの役の骨格を押さえ、隆松の藤八が子役が出来そうなくらい幼い風貌の人にしては上々の成果。第一に藤八という人物のこの劇における立ち位置を外していない。

松也はいい弟子を持っている。それだけは間違いない。

来年は大川端、そして再来年は浜松屋と続けてもらいたい。
願わくは、来年はそろそろ踊りもテープでなく、生の地方を使ってもらいたい。
それにはまず満席にしなくては。


今夏2ラウンド目の最終日は大阪へ取って返して関西の名題下俳優さんたちの勉強会「上方歌舞伎会」の最終回へ。

お目当ては松次郎の吃又と千志郎の光秀。

この二人は関西歌舞伎の脇役の中でも屈指のスター性を持っており、なんとか伸びて欲しい。
菊奴姐さんじゃないが、「華があるで、華が!」である。

昨年は仁左衛門の指導を受けた千志郎の源蔵が素晴らしく、松次郎の工藤はさすがに気持ちだけではしおおせぬ座頭役の手強さを思い知らされた。

が、今年は逆。

松次郎の吃又は気組みといい、引っ込みの立派さといい、満場の拍手と涙を誘う好演であった。

むろん作品の良さと、吃りでおどおどしている役ゆえに、シンの役をやりつけない演者自身の自信の無さが、かえっ真実味を持つという思わぬ作用もあったが、それを差し引いてもひたむきの一手で押しまくり、男振りの良すぎるのを殺したのは大手柄。
師匠仁左衛門の薫陶の賜物であろう。

対する千志郎の光秀は、さすがに役が重過ぎた。

大幹部と言えども、時代物中の大物のこの役を不足なく演じる事は容易くない。

まして日頃、舞台の中心にデンと控えるという事自体した事のない役者にとって、これはもう、気の遠くなる様な至難の役である。

昨年あんなにいきいきしていた千志郎が、今年は動きが全て段取りになっている。
これを言ったらこれを取って、それが済んだらあれをして。それで精一杯。

つまり役を生きていない。しかし、それを咎めるのは余りに酷だろう。

言って見ればこの役なぞは、人間では到底敵わない、やはり人形のものである。

九代目や、中車は知らず、昭和の名優にこれを極め付きにした人が無い事からも、この役に求められる人間離れした大きさが知れる。

日本の芸道に於いては西洋と違い、得意な所だけ伸ばす、という方法は取らない。

どんなに男っぽい岩石の様な顔立ちの役者でも、子供の時には女形を経験させ、柔らかみを身体に叩き込む。

一人の天才を育てる前に、「他者あっての自分」という人間観、宇宙観を植えつけるのである。

「和」とはおそらくそういう事だろう。

千志郎の今日の惨敗も、決して無駄ではない。本役へ立ち帰った時、必ずやこの経験が生きる筈である。また、そうでなくてはならない。

それにしても台詞はもっと研究の余地が有ったと思う。我々は現在、山城少掾の太十の録音を聞く事が出来るのであるから。

あれを聞いては、ではないが、まこと生き死にの境にある、と言おうか、剣が峰の上にのった家庭のスリリングな緊迫感、戦争は遊びじゃないんだぞ!と言わんばかりの激しい語りは、芸を志す者なら誰しも一つの手本とするべきものだろう。

一生懸命やるのは当たり前、そこから一段一段登って行くのが芸の道。

山田五十鈴の代表作「たぬき」の主人公、立花家橘之助のセリフに、「芸人の山登りに頂点は有っても、芸の山登りに頂点は無いんだねえ」とある。

呉服・着物・和装 高知県高知市 (c) ごふく美馬.