赤穂城断絶

何故か見逃していたこの作を、DVDを買って初めて観る。

忠臣蔵物としては、かなり異色であるが、なかなかに面白い。

革新的な忠臣蔵を撮りたい深作欣二監督と、王道で行きたい錦之介との思いがぶつかって、普通ならどっち付かずの凡作が出来そうなものだが、結果は妙である。

史実と仮名手本忠臣蔵の筋を織り交ぜ、他に無い独特の展開を見せる。

忠臣蔵は群像劇であるからして、配役はその命である。

昭和五十三年の東映、という味が濃厚に出ていて、そこが一番のネックでもある。

まず吉良がいけない。金子信雄という優は、こすっからい小市民を演じてこそ、その持ち味を出すのであって、高家筆頭などという家格の高い武士のニンではない。

この人の本役は藤純子引退記念映画「関東緋桜一家」における、ヤクザとどっぷり癒着している警察署長の様な役である。

吉良役者については別稿に詳述するが、まず第一にインテリに見える風貌でなくてはならない。

続いて西郷輝彦の内匠頭がいけない。と言っても、吉良にジリジリと追い詰められる過程が描かれず、登場していきなり刃傷、切腹だからよほど腕が無ければいい所を見せられぬ出され方ではある。
が、今聞くとどうにも台詞が甘い。

私は子供の頃「江戸を斬る」が大好きで、西郷の金四郎と松坂慶子の紫頭巾の大ファンであった。

一人っ子の私は、二階の部屋で、クライマックスの殺陣のシーンが始まると、一人で悪役から紫頭巾までを早替わりし、紫頭巾の登場の決まりである鈴(これが又大きい鈴で、いまだに家に有る)を降り鳴らして投げては自分に当て、「ウッ」とか言って遊んでいた。

染五郎さんは小さい時「一人野球」に興じていたそうだが、私は「一人時代劇」が得手であった。

「桃太郎侍」の時は、あんな透けた羽織が無いので仕方なくタオルケットを頭から被り「ヒュー〜」と口で笛の音を入れながらクルクル回っていた。
自分の中で一番のしどころは「カーン、カーン、カーン」と擬音を言いながら般若の面を外すのを三回繰り返す所である。

「アイウエオ企画」という制作会社の名前が子供心に脳に刷り込まれている。私にとって、一連の石立鉄男主演作でおなじみの「テレビマンユニオン」と双璧の名前である。

とんだ脱線。

ついで藤岡琢也の大野九郎兵衛、これもいただけない。
人品卑しい家老役だが、いくら何でも演技が時代劇から離れ過ぎである。

けなすばっかりでも何だから、いい人を挙げる。

多門伝八郎の松方弘樹。最近はお茶らけたキャラになってしまったが、本作では政道の乱れを憂い、時の権力者柳沢吉保にも食ってかかる硬骨漢ぶりが心を打つ。
「いい役者じゃん」とやや見直した。

対する丹波哲郎の柳沢吉保。これはさすがに安定感があり、知略の政治家という感じが十分で、さらには吉良も上杉も所詮取り替え可能なパーツと見ている非情な統治者の凄みがある。

しかし柳沢吉保と言えば何と言っても映画では柳永二郎、テレビでは山形勲である。
柳は違う作品で何度も柳沢を演じている。
ちょっとヌメッとして尊大な感じ。言うなればナマズ風の柳沢である。
対する山形は水戸黄門で柳沢を準レギュラーで持ち役にしていたが、こちらは重役顔の貫禄で、堂々たるタヌキ派の大将格。
いずれも殿堂入りの極め付きである。

現存俳優では大河ドラマ「元禄繚乱」で、それまでの柳沢像を一新した村上弘明が素晴らしかった。

旧来の映像では悪役が専売にして来た柳沢役を二枚目の村上が演じるのは斬新であったが、吉保は綱吉の寵愛を受けて出世街道を登り詰めたのだから、あれが本当と言えば本当だろう。

役自体も大河ならではの細やかな人物造形で、ただの悪役にはなっておらず、それまで優男で売って来た村上が、中年男の色気と権力欲、妻への愛情を鮮やかに見せて、演技開眼した名演であった。

そして小林平八郎の渡瀬恒彦、これはこの年、松竹作品「事件」(この作のチンピラがまた出色)とともに二つの演技賞の対象になったというのも、さもありなんという好助演である。
役にぴったり、というのの見本の様なもの。

どこが良いか。小林平八郎という男は太平の世に生まれて剣の腕を持て余し、死に所を探している様な男である。

その「命なんかいつでも棄ててやる」という不敵な面構え。淀川先生調で言うなら、「ニヒルとはこれ」である。

私は勝新より若山富三郎、津川雅彦より長門裕之、渡哲也より渡瀬恒彦が好きである。
つまり兄弟役者の内、一般的な人気の上では劣る方が。
着物も役者も渋好み。

ベテランでは堀部弥兵衛の加藤嘉。入れ歯を外した相好と、甲高い声で安兵衛を叱る台詞回しが、加藤嘉フリークには堪らない。

上杉の家老、色部図書の芦田伸介。これまた武骨と知謀を持ち合わせたもののふの苦悩を、滲み出る渋さで演じて一級品。

浅野本家の家老役、青木義朗。私はこの人が妙に好きだ。
明晰な台詞とテンポの良さ。かなり名作、人気作に出演しているが、一般には名前と顔が一致しないレベルの認知のされ方だろう。
しかし私に言わせれば名優の一人であり、もっとリスペクトされるべき役者の一人である。

配役表を見ると香川良介の名があるが、この私が見てもどこに出ているか分からなかった。
天下の名脇役も、この頃には大部屋俳優の様な扱いになっていたのだろう。
最晩年、伊丹十三の「お葬式」で老人役で出た時、久々にクローズアップされたのを思い出す。

父、伊丹万作の時代から日本映画に貢献して来た香川に対する、敬意を込めた出演依頼であった事は疑いない。

そして特出待遇の三船敏郎。吉良の隣家の当主土屋主税役だが、これは当然の重厚さでご馳走役。
私は、この人の代表作は数有る黒澤作品のいずれでもなく、晩年に熊井啓監督と組んだ「本覚坊遺文」の千利休だと思っている。
あれを見ないで「世界のミフネ」を語ることは大きな誤りである。

基本、忠臣蔵は男の物語だが、深作監督の男のシャシン志向か、女優の使い方ははっきり言って巧くない。

岡田茉莉子、三田佳子はじめ女優陣はどうもパッとしない。
東映らしいと言えばらしいが。

最後に主演の錦之介。これはもう、何を言ってもやはり錦兄ぃは錦兄ぃである。
どこまでも錦之介で押して行く。良いも悪いも無い。

様々ある大石の描き方とすれば、明確に幕府に牙を剥く「復讐の鬼」であり、それが錦之介に合っている。
まさに「叩っ殺してやる!」の息である。

この作品の後くらいから時代劇の大作は段々作られなくなり、錦之介も活躍の場をテレビに移した。

最後の映画出演作「修羅の群れ」を私は高校の時、錦之介目当てで映画館まで見に行ったが、残念ながら作品も悪く、役も錦之介の物ではなかった。

ヤクザ映画が嫌いで絶対に出なかった人が、最後に挑戦して遺作になった。何とも皮肉な事ではある。

ちなみに私は、錦之介本人には高校生の頃から都合三度は会っている。

舞台「反逆児」で来高した時、大阪の梅田コマで一度、そして晩年、山田五十鈴先生と舞台初共演した「華岡青洲の妻」の時、帝劇の楽屋で。

気難しい人だったらしいが、私が会った時にはいつも優しく、おおらかに迎えてくれ、サインも記念撮影も快くしてくれた。

若いファンへのサービスだったのか、たまたま機嫌が良かったものか、今となっては知る由もない。

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