襲名

今日は勘太郎改め六代目中村勘九郎襲名を祝う会とて、今月四度目の上京。




中村屋とは着物のお取引こそ無いが、高校生の時、先代勘三郎出演のこんぴら歌舞伎が見たくて一般の前売りをあたったが完売で、普通ならその時点で諦めるのだが、そこは持ち前の「目標を定めたら何とかする」の精神で、当時から購読していた「演劇界」に載っていた中村屋の後援会に思い切って電話をすると、親の代から二代に亘って中村屋を支える番頭の石坂さんが出て、いともあっさり、「大丈夫ですよ、お取り出来ますよ」と拍子抜けするくらいの返事をしてくれ、たった一枚の切符を頼んだのが縁の始まりである。

以来岸田今日子さんのご紹介もあって当代勘三郎丈の楽屋へも出入りするようになり、どこの馬の骨とも知れぬ私を「よう、いらっしゃい」と気安く迎えてくれ、現在に至っている。

会場はホテルオークラ平安の間。ここでのパーティーは染五郎さんの結婚披露宴以来であるが、軽く千人は越すであろう招待客で会場は熱気ムンムンである。

高麗屋紀子夫人、染五郎さん夫妻、菊之丞さん、松也くんなど当店ゆかりの方をはじめ、歌舞伎界はもちろん、各界の著名人が数多犇めく中に、一際目立つ女性が一人。女優ではない。彬子女王であった。朱色の地に菊の模様のお着物を召され、明るく笑って談笑されているお姿は、何とも好ましい感じであった。日頃から雑誌「和楽」の連載で、素敵なお着物姿や日本文化を愛するお人柄に親しんでいるとは言え、さすがに畏れ多く、写真撮影など申し出なかったが、少し距離を保った輪の外から拝するだけで嬉しかった。
最近の日本女性に無い、何ともおおらかな空気を身に纏っておられ、さすがに「やんごとない」と感じられた。


男性では何と言ってもミスターである。
私は超の付く野球音痴で、長嶋がどう凄いのか、なんて事は何にも分かっちゃいないのだが、入って来た時のオーラ、回りの人がサッと道を開ける貫禄、病を得て求心力が低下するのが普通なのに、依然として人々から敬い慕われている感は、なんぼ私でも感激する。

料理も流石にオークラで、立食ながらどれを食べてもハズレが無く、大いに食べた。
スモークサーモン、カツサンド、鮭とイクラのクリームパスタ、ローストビーフ、ビーフストロガノフ、カレー、炒飯、エビチリ、茸の餡掛け、麦とろ、最後のシュークリームにソルベまで。特にビーフシチューは肉はもちろん、良いワインを使っているかして、さらっとしているのに旨味十分で、ムシャリムシャリと頬張る。

料理を取りに行っては食べるその間に写真も撮らなくてはいけないので、忙しいったらありゃあしない。


日頃から舞台を観て少なからぬ敬意を持ってはいるが言葉を交わした事の無い仁左衛門丈と記念撮影に成功。やはりカッコいい。


続いていつもご贔屓になり親しくさせていただいている萬屋ご一家と。時蔵丈夫人晃枝さんと、最近進境著しい梅枝くん萬太郎くん兄弟。お父さんは席を外していて残念。


そして引っ張りだこの勘太郎丈とも何とかツーショット。

折しも昨日は母方とは言え、祖父の芝翫丈の葬儀であり、悲しみの儀式から一夜明けてのこのパーティーである。先にこの祝いが決まっており、舞台の無い月末にしか祝儀も不祝儀も出来ない歌舞伎界の慣わしゆえ仕方なく二日続きとなったのだが、まこと役者とは因果な稼業である。

勘太郎、勘三郎両丈ともに神谷町の話で招待客の涙を誘ったが、最後は中村屋らしく明るく、来る襲名興行に期待を膨らませてた。

私は以前も書いた通り、勘太郎丈の真っ直ぐな芸の佇まいが好きである。今日の挨拶でも父が大きくした「勘九郎」の名は恐怖であると語り、勘三郎丈を崇拝している事は当然だが、私は二人はそっくりの様でもタイプの違う役者だと思っている。
役によっては「巧すぎる」父親より上だ、と思う時さえある。
私は新勘九郎に「ほんの少し不器用な感じ」を持ったままでいてもらいたい。
サービス出来ないのではなく、サービスしない芸、これは貴重である。
あとは襲名によって、滴るような色気を獲得し、やがては大輪の華となって欲しいと願うのみである。


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