酷民分化災

先月末、友人の縁で京都国際会館において行われた国民文化祭なるものに参加。
皇太子殿下を迎えての開会式に臨む。

この国民文化祭なる行事、文化庁主催の国家事業だが、私は26回の今日まで、その名を知らなかった。
お世辞にも国民に広く浸透しているとは言えまい。

いかにも「日本の役所は文化にお金を出してますよ」と言うためのセレモニーであり、自腹を切って一流の文化を顕彰している者から言わせれば、お気楽な学芸会である。

日頃から国民が親しんでいる文化を一同に集めた、みたいなフレーズであったが、それならダンスであれ合唱であれ、国家が主導して個別の大会のグレードを高めれば事足りるのであり、もうちょっと有効な税金の使い途はないものか?と嘆ぜざるを得ない。

そもそも日本の役人には、ショービジネス、エンターテイメントの才は皆無であり、人を集めて何かをする時、ワクワクドキドキさせなければならない、と言う根本が分かっていない。

それに第一、国民文化祭と銘打って京都で開会式に臨むのに、京都府知事と京都市長は袴姿だが、京都府議会議長、文化庁長官、文部大臣に至るまで、しょーもないスーツである。

これで何が「日本国」の国民文化祭か。

それを言うなら皇太子殿下初め、我が国の皇族方は式典の折の時代離れした装束以外、和服をお召しにならない。

これは、昭和天皇が和服を一切お召しにならなかった、と言う事と無縁ではない。

私は小学生の時からの昭和天皇崇拝者であり、シンパであり、ファンであるが、この点に於いては、先帝に遠因無しとは言えぬ。

維新以来西欧文化を注入する窓口であり、最高のモデルでなければならなかった皇室の伝統と呪縛もあり、また激動の戦後の復興の中で、悠長に袖や裾をひらつかせる精神にはついぞ至らなかった、と言う見方も当然あり得るであろう。

しかし現状は違う。バラバラになりかけの日本人を繋ぎ合わせ、国難に当たる為には、世界に冠たる文化を共に再確認し、共有する事が、ほとんど唯一の途であり、それはほとんど時間切れ寸前まで来ているのだ。

我々が今日標準とする「着物」と皇室が長く育んで来た宮中の衣文化との間には、かなり隔たりがある。

しかしながら「長袖を扱う」と言う事に於いては、やはり現代の洋服とは違い、同じ精神の動きを伴う物だと私は見ている。

太古は左前に来ていた説もあり、現在の着物すら歴史の変転の末に残った形であり、古来の姿とは言えぬ物ながら、私はそこに日本人が日本人として我を呼び覚まし、他国に対して誇りを持つ事の出来る、正しく国粋主義的な精神をもたらしてくれる衣装だと強く信じているのである。

我が国にはこんな素晴らしい染織技術があるんですよ、と言う広報が全く出来ていない日本国体制側において、永く美智子皇后が孤軍奮闘され、彬子女王がそれに続こうとしている。

呉服屋の立場でこれを言うと、全て為にする論だと断じられてしまうので、言ったことはないが、日本が国の名の元に行う式典は全て日本国固有の服装で執り行われるべきである。
どうだ?文字に書いたら至極当たり前の事であろう。

明治以来我が国は、当たり前の事が出来ていない国なのである。

山本夏彦は、その民族にその衣装が定着するには最低百年かかる、と言った。

百年経って、我々はついにドレスやモーニングを着こなす事は出来なかった。
モックンが海外の映画祭へ出向きながら、監督ともども和服を着なかった時には久々に失望した。
日本人がいくら頑張って洋服を着ても、外人から見たら自分たちの縮小コピーでしかないのである。樹木希林がついていながら何たる不始末か!と憤慨した。
その点、昔の黒澤や川端はやっぱり偉い。あの人たちは「祖国」を背負って遥々海の向こうへ乗り込んで行ったのである。

今や我が国はユニクロの天下である。安くて小洒落た着易い衣類が世界を席巻するのは当然の事であり、私もユニクロを全否定するものではない。
しかしながら、金持ちであれ貧乏であれ、確固たる歴史を有する国家は、ここ一番と言う時には民族衣装を着する。

我が国の、文明国としての「衣」のレベルはヨーロッパ諸国は愚か、アジア、アフリカの後進国にさえ劣っているのである。

さぞや姿の醜かるらん

呉服・着物・和装 高知県高知市 (c) ごふく美馬.