河上くんの涙

今日、長い出張から帰った夕刻、取引先の和装小物問屋の営業マンである河上君が訪ねて来た。
先月やって来た時に、東京で警備会社を経営する親戚に跡継ぎが無く、亡きご主人の残した会社を女手で守っている伯母上に請われて跡を継ぐ事になったので、近く退社する事になった、という挨拶があり、その時点で次の出張が最後であり、一献酌み交わして再出発を祝福激励せねばなるまい、と思っていた。

ところが、師走の慌ただしさに加え、今日はお客様を集めての忘年会を献立てていたところ、会食の店との連絡がうまく行っていず、私はかなり苛立っていた。

そこへ彼がやって来た。最後の挨拶をと思いを込めて来ただろうに、私は自分の一杯さに労いの言葉も掛けず、むしろ「こんな取り込んだ時に来て!」といつもの如く叱責し、今日はゆっくり話をする暇は無い旨を告げた。

私にして見れば、「もっと良いタイミングに来いよ!」という気持ちであったが、彼は私のそんなざわついた心をよそに「今日はこれだけは言わねば」と決意したかの如く、一気に言葉を吐き出した。

「いつもいつも社長のお忙しい時にばかりお邪魔して、何のお役にも立てず、本当にお世話になりっぱなしで」
というと、あとは絶句して顔を紅潮させている。

私は天性の強がりと、あと数時間でトラブルを収束しなければならない状況も相俟って、自分に言い聞かせるが如くに「泣きな!」と怒鳴る。
その言葉が引き金となって河上くんは感極まり、「はい。すみません」と言いながら堰を切った様に嗚咽を漏らす。
この子は色は生っ白く、ヒョロヒョロした痩せ男だが、実は少林寺拳法の有段者である。
「泣きなちや!」と彼の肩を叩く私。
なお一層大粒の涙をこぼして泣きじゃくる彼。

「妹が高知大におるがやき又会いに来るろ!そん時また顔出しや、ご飯でも食べるき!」と、こんな最低の終わり方でない事を私自身に言い聞かせるが如く告げると、「はい、来ます、ありがとうございます」と言いながら涙はさらに溢れて来るのである。

帯〆の事も帯揚げの事も、何も分からないペーぺーの新人で初めて来た時から、いつも間が悪く私がバタバタしている時にばかりやって来て、その都度怒られながら、他店ではまったく成績が上がらないと言うので「しょうがないねえ」と他で売れなかった何軒分もの商品をガバッと仕入れ、多少はピンチを救われた事を、この子は決して忘れてはいない。

今どきそんな感覚あるか?と思うだろうが、この子の性根には「恩義」という二字がある。
そうでなければ辞めて行く会社の得意先に挨拶に来て、大の男があたり構わず号泣したりはしない。

私は尚も「そんな泣き味噌で警備会社の社長がつとまるか!」と叱りつつ、貰い泣きしそうな自分をやっとの事で抑え込んだ。

私は日頃言いたい事を言い、人に随分憎まれてもいようが、その真意は所詮分かる人には分かるのであって、分からぬ者にいくら言っても分からぬのである。

私は今日、ごく短い付き合いであったにもかかわらず、私という人間の、ある種擬悪的な態度の中にある実の部分、山本夏彦流に言えば「泣かぬでもなし」とでも言うべき本性を慕ってくれ、人目も憚らず男泣きに泣いてくれた河上くんに、「ありがとう」を言いたい。

人は「がい」な事を言われても、それが自分を思って言ってくれている事か、ただ闇雲に否定されているのか、その違いが分からなければどうしようもない。

それが分からい様な人間は、これはただの阿呆者である。


年の瀬や
ゆく人ありて
独酌す

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