私の正月その二

明けて元旦。

ゆっくり起き出して年賀状をチェックし、家族揃ったところで新年の膳を囲む。


我が家ではこれを「おかんし」と呼ぶ。以前から気にはなっていたが、他家ではあまり言わないらしいし、第一私も意味、漢字が分からない。
酒を飲み始めるから「燗始」か、などと長年ぼんやり思って来たが、こうして書くとなるとはっきりさせねば気が済まない。
第一お屠蘇は燗しないし、清酒も冷やで飲む場合もある。
携帯で「おかんし」「正月」をググると「オカンとケンカして正月に出て行った」とか訳の分からんサイトにつながる。
「ん?」と思ったのは「干支」のサイトであるが、やはり酒席、祝いの膳とは関係ない。

疑問は解けぬ儘、おかんしが済むと昨夜行けなかった「五社さん」こと高岡神社に参詣する。ここは大変古い歴史を持つ神社で、松葉川を見下ろす山をバックに五つの社が並んでいる。



 

 

別におどろおどろしい伝説とて有りはしないが、横溝正史が知ったら、さぞやインスパイアされて自作に取り入れただろうと思う。
五社様の祟りじゃ〜。「五社殺人事件」。映画化されて(もちろん監督は五社英雄、主演は岩下志麻、佐分利信である)観光名所になったであろうに、まことに残念である。
以前は夜中に来ていたが、だんだん元日の朝になって、今年は特に念入りに参って五社さんそれぞれの名前も注意深く見る。
実は五社の他にも大小三つのお宮がある。これがまた横溝風。
そこにこそ謎解きの鍵が埋もれている「隠れ宮」みたいな。

高知県民は信仰心が薄く、どこの神社も建物の維持に苦労している。毎日お参りするという習慣がないので正月以外賽銭など殆ど集まらない。
しかしこういう形の神社はあまり無く、町が先導してもっと売り出せばいいのに、と思う。
御神籤は思った通り「半吉」で、万事慎めとのこと。本厄だからもとより慎むつもりだったが、ここへ来て慎めない事情が出て来て困ったものである。
これから巡って行くお伊勢さん、岩清水八幡宮、たちきさん、日枝神社、浅草時等でセカンド、サード以下のオピニオンを待つ。

五社プラスアルファを参った後は祖母宅へ年始に。
母の母で、息子にしたらひいばあちゃんだが、百に近い齢で未だに一人で暮らしている。
頭はシャッキ(土佐弁で現役バリバリ状態の事)だが去年から足がいよいよ駄目らしい。せめて数年でも一つ屋根の下に引き取って暮らしたいが、それには改築もしくは建て替えが必要な現状である。本厄なのに慎めない事情、というのはこの事である。
が、年寄りを引き取る為に家をいじって厄をかぶるなら、そんな神とは徹底的に対決してやる。さしもの幸四郎十八番の内、アマデウスのサリエーリである。

ひいばあちゃん宅を出て、いきつけの喫茶「淳」へ。昔は正月というと同級生が集まって長時間ここでウダウダし、段々寛ぎが深まって椅子からずり落ちて行き、終いにはテーブルの高さに顔がある、というお定まりの演出があったものだが、時代は変わり、親子三人ほのぼのとお茶をする。


ゆっくりし過ぎて恒例の松葉川温泉行きの時間が無くなり、仕方なく家風呂に入り、夜になると同級生が三々五々集まって来る。
二十人近く集まった年もあれば二三人の時もあり、時々で違うが皆我が家の様に気を遣わずに過ごして行ってくれるのが冥利である。二十年以上に亘って飲みに来ている人間が多いが、酒の一升も提げて来た事はない。
私はそれを秘かに嬉しく思っている。

集まるのも三々五々なら散って行くのも三々五々である。
次第次第に家路につき、いつもの如く健ブー(大阪でカメラマンをしている)が孤塁を守る。
弱ったもので、私が二時半にダウン。やがて健ブーも帰ったらしい。

同じ顔ぶれで、毎回毎回話す内容は同じである。同じ話を何十回もしているのに、何故か「それ前にも聞いた!」とはならない。まるで名人の古典落語を聞く様に、みな顔を綻ばせ、聞き、笑っている。これが竹馬の友というものである。

二日は松葉川温泉へ行った後、年賀状書き、そして一部メンバー入れ替わっての同級生飲み会。
夜は暮れの木曜市でゲットした自然薯の汁で英気を養う。


この、市のいも屋の親爺が秀逸だった。最初上に積んである薯を私がじっと見ていると「これはホンモンです。良う出回っちゅうがは作りゆうやつですけんど、これは本物の山のいもですき」とセールス掛けてくる。
私は内心「そんなこたあ分かっちょらあよ」と思いながら、知らぬ顔で「なんぼです?」と問うと「これは七千円」と言う。
「なかなかしますねえ」と私。
「負けちょきますよ。特別に」と親父。
考えるフリの私。
「よっしゃ、特別に六千五百円!」と来た。
「たった五百円か!」と思いつつ、私は積み上げてある下の方を探る。
「それは特上品!」と親父が言い、「こりゃ形がええねえ」と私が乗って見せる。
「これはなんぼ?」
「それは一万」
「存外するねえ。けんどこれを料る(料理する)手間も存外ねえ」と私が牽制すると親父はエテツンよろしく一部を聞き漏らし「それよ!これを掘る言うたら物凄い手間が掛かってますき、一本掘るにだいたい三時間ばあ」と力説モードである。
私も諦め「どうせ買うならこっちがええわねえ」とあえて寄り切らすと「ありがとうございます!」と親父。
「ほんで、七千円が六千五百円やったら一万円はなんぼ?」と私。

ほんの一間あって、「うーん、それは一万円」と親父は頑張った。
それでよし、それでよしと私は言い値で買った。元より商売の元手を仕入れるではなし、正月の縁起物を買うのに、びた一文値切るつもりはないが、しばし露天商との掛け合いを楽しんだのである。

かくして我が家の新春の食卓に上がった本物の「やまいも汁」。本来はエソの擂り身が相性だが、手持ち無くアジで代用。十分に美味かった。野菜はくれぐれも春菊のみである。


母特製の赤飯が今年は上出来である。これを茶漬けにして食うと美味い事をほとんどの人間は知らぬが、鏡餅を割って焼いたのと赤飯に塩をパラッとかけ、熱々の茶をかけてサブサブッとかっこむ、なんざあ食道楽の中でも最もオツな、言わば食道の極地である。

後は溜まったビデオを見てグダグダ過ごす。
そして今日、五日ぶりに店を開け、ブログを書いていて「おかんし」で詰まった。
やはりその儘には出来ぬ。お向かいのラメールのママに問うと、「かん」は「神」やないかね?と言う。では「し」は何か?決定打に欠ける。

店を終え、あさってに迫った新春能楽大会の仕舞の稽古を終えると晩飯も食わずにマンションへ帰って本棚を捜索。目当ては「高知県方言辞典」ただ一冊。

無い、あれほど愛読し、座右に置いた名著が。
嫁に問い合わせると、何と今朝まで居た実家にあった。思えば染五郎主演、歌舞伎版龍馬がゆく」の台本校正の為、実家に持って帰った儘であった。

嫁に頁をめくらすと、果たして有った。
流石は我が座右の書である。

答は「御神酒」。
「おかんしゅ」が転化したものか?とある。
意味は正月用の酒、正月を祝う酒盛り。
つまりは「おみき」であった。
あくまで神に供えたお下がりをいただくのである。
ラメールママほぼ正解。「ひゃっほーっ!」とはこういう場面で使う感嘆詞であろう。

毎年口走っている言葉の意味も知らないで、良く偉そうにこんなブログが書いていられるなあと思いつつ、談志も「憧憬」を「ドウケイ」なんて言ってたし、「まいっか!」と一杯機嫌で棚に上げ、また今年も書き散らして行くのが、自分に甘く他人に厳しいこのブログの真骨頂だと、開き直って行くのである。

お付き合い下さる読者各位の「物好き」に、驚き、呆れる他はない。

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