江戸の心意気

明けて東京二日目は平成中村座昼の部と国立劇場夜の部を観劇。
一時間半ほど間が有ったので久々に並木の「藪」を訪問、これが感激の一事だった。

何故なら、江戸情緒があって大好きだったこの店も、昨春訪れた際「建て替えの為休業します」との貼り紙がしてあるのを見て愕然とし、高ばし「伊せ喜」といい、ここといい、風情ある佇まいは片っ端から無くなって、みんなビルになってしまうのか、と落胆していたのである。

もう建ったかしらん?と思いつつ携帯で検索すると、どうやら昔の形を残して新装開店しているらしい。


勇んで出掛けた私の目の前に現れたのは、以前と少しも変わらぬ風情、情緒を残した外観であった。むろん漆喰の壁は真新しく白々と、銅板はピカピカ光って木目も黒ずんではいない。
完全なる化粧直しの体である。

恐る恐る引戸を開けると、そこに広がったのは見慣れたあの景色であった。
左に座敷、右にテーブル席の間取りもそのまま、扁額も、筆文字の品書きも、四斗樽も、「そっくり」そのままである。

ほんまに建て替えたんかいな?と疑うくらいの完全なる復旧。
天晴れと言う他はない。

そして何よりも、おばちゃん達の顔ぶれがそのままだったのには感激した。こことか「室町砂場」には馴染みの「顔」が居ないと始まらない。
我々は「藪」の様な店に空腹を満たす為だけの「食料」を食いに行くのではなく、あくまで雰囲気込みの「食事」を愉しみに行くのである。そこには「店と一緒に歳を取った」古参店員が絶対不可欠であり、それこそがファストフードやチェーン店との一番の違いである。


まずは温かいつゆを吸いたい気満々であったが、他の客が山かけを食べているのを見て、急に冷たい物が食べたくなり、注文。ここのは醤油味が付いていて色もうす茶色である。
昨夜の深酒の上、中村座に食べたい弁当が無かったので朝から何も食べていず、胸がなずんでいるいる所へ、冷やっこいツルツルが流れて行く。気持ちいい。時折山葵を加え、ツルピリツルピリとやる。

途中から赤ちゃんを連れた若い夫婦と相席になる。
テーブルだけは以前の大判から一回り小さくなり、席と席の間に余裕が出来た。おそらく以前はベビーカーや車椅子が入りづらかったのではないかと思う。それに、蕎麦の他には「板わさ」「焼きのり」等ごく数品の酒肴しか置かないこの店で、料理がテーブル一杯になるという事はなく、以前のは言わば無駄に大きかったのだから、変わらぬ中にこの点だけ、見事に「改良」されている。

若い嫁が「花まきってなんだろう?」と問うが旦那も分からない。お節介だが相席の縁ではあり、また藪の健在を見て嬉しい気分も手伝って「あったかい蕎麦に海苔がのってんです」と教える。
若い嫁は「美味しそう」と言って「花まき」をオーダーする。


私はやはり熱い汁も飲みたくなり「かけ」を注文。ここのは(歌右衛門調で)「ほんとうに」何も入っていない。これが江戸のかけそばである。


朝抜きで午後三時だから、まだ腹には余裕があるので「ざる」を一枚追加。ここんちはせいろではなく笊をうつ伏せにして盛る。この笊が売り物だから、海苔無しを「もり」とは言わず「ざる」といい、他店で言う「ざる」は「海苔かけ」である。


平らげると見覚えの有る目の詰んだ編み目が姿を表す。日本の食器はすべからく、食べた後まで美しい。この笊には愛しささえ覚える。

「何もかも昔のままだ、けい、お前も」という「女の一生」五幕の伸太郎のセリフが頭をよぎる。変わったのはテーブルの大きさとトイレが最新式になったくらいであるが、便所なんてものはどんな老舗であろうと新しいほど良いのであって、何も言う事は無い。


しかし、つくづく感心するのはこの店の主人である。
風情だ情緒だと言っても、地震が来てお客様に何か有っちゃあ申し訳ない、だから建て替える。それはいい。
しかしこの時、誰しも折角大金をはたいて建て替えるなら、一目で分かるようにイメチェンしたいと思うのであり、みな大体それで失敗する。もしくはつまらぬ欲を出し、または銀行にそそのかされ、テナント収入を当て込んでビルにする。
この勘違いの蔓延が戦後の日本の風景を壊したのである。

しかし「並木藪」は踏みとどまった。古い客の郷愁を裏切る事なく、清潔感と新たな活気を帯びて、まさに「生まれ変わった」のである。しかも一番、金を掛けた事を人に見せないやり方で。

その気概、これを「江戸の心意気」と言わずして何と言おう。

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