ちょっとええ話 第2話

今日は昨夜の酒が祟って珍しく飲みたくなく、まして明日は裏千家四国地区大会で朝七時半集合なので大人しく食事だけして帰ろうと行きつけの「たに志」へ。
あっさりおかずでチャチャッと済ますつもりが、ひょんな事で東北から新婚旅行に来ていた夫婦と知り合い、思いがけない展開となる。

おかあさんが「こちら岩手県からお越しになったんですと」と言ったのが話の初めで、「良くこんな店見つけましたねえ」と私が言うと「はい、ぶらっと歩いてて見つけました」と言う。
この時点ですでに驚きである。常連客で犇く路地裏の縄のれんをくぐって入るには中々度胸が要るものだが、この若い夫婦は天性の嗅覚を持っているのだろう。観光客向けの三流居酒屋から知る人ぞ知る穴場まで、玉石混淆の高知の夜の止まり木のうちで、よりによってこの店に飛び込んで来たのは大当りであり、そこに私がいたのも実に奇縁である。

聞けば自家用車で予定は未定の気まぐれ旅だと言う。これがまた気に入った。第一に海外が当たり前の時代に十二日間の国内旅行と言うのが私ら夫婦の新婚旅行とそっくりであり、私達の最北地が秋田(ご主人の元々の就職地は秋田であり、最終的には秋田へ帰るとの事であった)だったのだから、これはもう縁があると言う他はない。
初対面にもかかわらず全く隔たりを感じさせない態度といい、腰の低さの中にも当節の三十代にはなかなか居ない、しっかりとしたものを持っているこの若夫婦に、私は一瞬で惚れた。実に惚れっぽい男ではある。
遠く東北から遠流の地へ旅して来てくれた二人に何かおもてなしをしたいと思ったが、酷い宿酔いではあり、明日は丸一日の茶会ではあり…。

この出逢いにどう仕舞いを付けようかと考えながら予定を聞けば、明日高知でもう一泊すると言う。宿を問えば、まだ決めてないとのこと。それなら私の実家が窪川と言う所で旅館をやっているので泊まらないか?とすかさずアイパッドを取り出し、築七十五年のあばら家の画像を見せると二人は目と目で会話をし「行ってみたい」と言う。嫁はんに電話して見ると丁度一部屋だけ空いていた。目出度く商談成立である。

私は時折こういう事をやる。キャッチセールスもいいところだが、こういう縁の拾い方こそ人生の醍醐味であり、フェイスブックやミクシィでは到底得る事の出来ない「リアル縁つなぎ」である。
また見ず知らずの相客の誘いにノリ良く乗るこの二人も、只者ではない。瞬間的に人間を見抜く「眼」が無ければ、「引く」のが普通であって、こんな展開にはならない。

さて実家に泊まってもらう事にはなったが、明日は夜までお家元を迎えての懇親会で私は帰る事が出来ない。しかしこの夫婦とこれでさよならも惜しいので、せめてもの餞に「美味しいお酒を一杯ご馳走させて欲しい」と申し出ると快く受けてくれたので、迷わずいきつけの「フランソワ」へ。ここは私の父が独身時代から出入りしている老舗バーで、父も私もこの店に未来の伴侶を連れて行き、婚約の報告をしていると言う、深く長い付き合いの店である。

店に入ると、地元選出で先日議長に就任したばかりのT県議がいたので挨拶すると、わざわざ席を立ち、真新しい議長の名刺を私ばかりか連れのK夫妻にも手渡して丁寧なるご挨拶。するとそれを見たK夫人が「えーっ!」と言って驚き「じゃあY・Kさんてご存知ですか?」と尋ねる。私は最初、まだ若々しい感じのTさんが「高知県議会議長」と言う重い肩書の名刺を出したので面喰らったのかと思ったらそうではなく、K夫人は同じ県議会のY議員の妹さんと大学時代の友人で、その兄上の先輩議員と偶然出逢った事にびっくりしたのである。
旅先でたまたま入った店でたまたま私の様な人間に引っ掛かり、引っ張って行かれた店にたまたま来ていたその人間の知り合いが、たまたま知り合いの知り合いだった。

「犬神家の一族」の金田一のセリフに「すべては偶然の集積でした」と言う名文句があるが、実に人生は偶々の連続である。しかし金田一がそれに続けて言う様に、その偶然を筬に掛け一枚の布を織り上げて行くには、一つの「才」が要る。
何度も書いた事だが、拾う気のない者の前に縁は転がってないのである。

「ほらー、また繋がった!」と言って喜びながら、二人はラム酒を、私はジンを注文し、乾杯。そこで初めて二人の仕事について尋ねると、ご主人は泌尿器科のお医者さんで、元々は東京の出身だが、震災のボランティアで秋田大学から被災地に赴き、そこで矢張りボランティアとして働いていた薬剤師の奥様と知り合ったそうである。

どうりで二人ともちゃんとしている訳だ。
しっかり者の奥さんと、おっとりしたご主人のカップルは実にお似合いであり、初対面の者に何とも言えぬ優しい、温かいものを与える人柄は、私など逆立ちしても持ち得ない「徳」である。己を省みて汗顔の至り。
さぞかしご主人は良きドクターとして、これからも東北の人々を癒し続けるに違いない。
そして奥方は良き伴侶として、また自身も医療に携わる人間として夫を支えて行くであろう。
明日の朝はラメールで朝食を、昼は橋本食堂もしくは駒鳥で、それから四万十川をこう回って、とすべてレクチャーし、何度も握手をして別れた。お名残惜しいが仕方が無い。あとはうちの奥さんが、万事よろしくやってくれるであろう。
夫婦善哉の森繁は淡島に言う。

「オバハン、頼りにしてまっせ!」

この稿つづく

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