200回記念 魂に響く

久々のお目もじ。なにゆえの怠りかと言えばもちろん、二ヶ月あまりを仕事も何もそっちのけで取り組んだ「第五回伝統芸能の夕べ 」のやっさもっさもある。
その間に京都へ二度、東京へ一度の出張があり、いつもケータイを使ってJR車中で書くこの駄文を、アイパッドなる新奇な道具を手にしてより、老眼も進みしか細字が読みづらく、ツールの過渡期となりてだらだらと。

いつもながらイベントは準備は大変、終わってみればあっけないものだが、今回は内容が内容だけに、「感動で涙が出た」という声を多くいただき、しんどい思いをしてナグレた甲斐があった。

そこへ一つの珍便があった。

本番終わって一週間後、やっと手にしたアンケート用紙。そのほとんどは英哲×貴生の一夜の夢に酔い、まどろみ、昂奮を隠し切れない絶賛と感謝の声であったが、プレイガイドを恃んで数百人の客を入れれば(その実プレイガイドの販売枚数は八十枚足らずだが)、中には「異論」もある。
百の賞賛を一つの罵倒が真っ黒に塗り潰す、と言うことはまま有ることだ。その置手紙の主曰く、

「企画力最低 デシャバリ不用」

この御仁は余程私と前世の因縁が悪いのであろう。どこがどう最低なのか、きっちり理屈が聞きたいが、こういう手合いに限ってわざとか知らぬが名前の一部が絶対に読めぬ殴り書きの崩し字である。
皆が寄ってたかってほめそやす事に対して、「俺はそう思わん!」と言う事はいごっそうの為すところであり、どちらかと言うと私の立ち位置に近い。が、この人には大きな間違いが二つある。

一つは自分の正体を白日の元に晒して居ぬこと。住所も高知市、と書いた後は威勢良く(?)横棒を引っ張っているのみである。はっきり書いていれば、それなりの挨拶のしようもあったろうに、とんだネズミのしっぽで実に残念この上無い。

いま一つは、この放言居士が「ごふく美馬伝統芸能の夕べ」という催しについて大きな勘違いをしている事である。
断っておくが、当会に於いてアーティストはあくまでゲストであり、主(ぬし)は私である。
ホストが客前に出て挨拶し、来賓の応接をするのは当然の役目である。どこの世界に「徹子の部屋」にチャンネルを回しておいて「この司会者しゃべり過ぎ」とホザく阿呆がいるか。
「おんちゃん何言いゆうが?私が主役やき!」の一言である。

一見が
貸切のよな
口をきき

「そんな事は知らずにチケットを買うた」「あんな事と知ったら行くがやなかった」と言うなら、それこそ喜んでチケット代を返すのである。貴重な時間を失ったと言うなら休業補償も出す。お願いだから誰かこの男を探してくれ。

純化路線というものは大変な困難を伴うものである。しかし私はそれがやりたい。
たとえそれで命を縮めても、好きな人間とは浴びるほど酒を汲み、いわれ無き誹謗中傷には徹底的に戦い抜く。自由主義と共産主義の、あるいは各宗派の得手勝手ブレンドが私という男である。

思えば十五周年の夜、あの歌を選んだのはこの日の予言か?

どうしてうたうの そんなにしてまで
ときどき私は 自分にたずねる
心の中まで 土足で踏まれて
笑顔のうしろで かげ口きかれて
ララララララララ…
それでも私は うたい うたい続けなければ
いつの日も 私の歌 受けとめてくれる
あなた!あなた!あなたあなたあなたあなた
あなたがいるかぎり
                     (歌は我が命)


ひばりさえ胸にあれば 何もおそれるものはない。

呉服・着物・和装 高知県高知市 (c) ごふく美馬.