二度目の正直

さる五月、東京展の最終日に手伝いの問屋連を慰労の為、どぜうを食べに行く事になり、「伊せ喜」は未だ建て替え中ゆえ、他を当たったが意外やスカイツリーの開業初日でごった返しているであろうと踏んで最後に電話した「駒形」が「今日はもうそんなに混んでませんからそのままどうぞ」と言うので悪天候の中、銀座線に揺られて行く。

私のどぜう初体験は東京在住の二十歳の頃、この「駒形」であった。その時は正直あまり美味いとは思わなかった。初めてでどぜうの味が分からなかったのか、それともこの店の味が好みでなかったのか。それを確かめる為、一度再訪しなければと思っていた。約二十年ぶり、二度目の訪問である。




まずは「鯉の洗い」続いて「どぜうの蒲焼き」をつまみ、鍋を待つ。


まずは「丸」を葱をてんこ盛りで。


次に「ぬき」を。

ここは「伊せ喜」の様に「丸」と「ぬき」のどぜうにあまり大きさの違いがない。私は丸は矢張り「伊せ喜」の様な細っこいのが好みである。
それと「伊せ喜」では「ぬき」は甘辛いすき焼き風のタレで出し、それを卵にくぐらせて食べさせるが、ここは「丸」と同じ薄だしである。よって味の変化がない。

食事は普段なら定番の「玉子汁」と「めし」で迷う事はないが、ここには「どぜう茶漬」なる珍品があって私を悩ませる。「多分ダメだろうな」とは思いつつ、やはり一口は試さないと気が済まない性分なので「不味かったらあんた食べてよ」と隣の松ちゃんにあらかじめ言い含め、両方注文。


玉子汁はまあまあだが、矢張り茶漬けはいけなかった。


何と言っても出汁が良くない。見るからに黒々として食欲を萎えさせる。
天ぷら屋なぞでも、茶漬けとは名ばかりで茶は使っていず、出汁に醤油、二流以下の店では駅前居酒屋よろしく即席だしに化学調味料を湯にといて出す店があるが、湯木貞一翁の「お茶漬十二ヶ月」にはそんな物は出て来ない。
殊にどぜうなどと言うクセのあるモノを茶漬けにするなら、うんといい茶を使わなくては食える物にはならない。どぜうの味付けも蒲焼きをそのまま転用している様で甘過ぎる。もっと佃煮風にしてごく濃い目のほうじ茶を掛けるか、逆に丸のままをあっさり炊いて煎茶を掛け、葱と山椒の風味で食わしたら良かろうにと思う。


私は文句ばっかり言っているが、連れは皆「美味い」と言って食べているので更に「柳川」を追加。

結論を言うと矢張りこの店は私の口には合わない様である。もちろんどぜう好きにもそれぞれ好みがあり、私には「何かが違う」と言うだけの事。


ここんちで気に入ったのは徳利である。いかにも江戸好みでスッキリした形である。
猪口も洒落ている。
文楽の「鰻の幇間」に「うなぎ屋の徳利なんてものは無地にしてもらいたいね、さもなきゃ山水か何かでさ」というくだりがあって、実に巧い言い回しだと聴く度に感心するが、ここのは鰻から一つ下がった商売の格に合った縞入りで納まりがいい。


客席の情緒といい、今どき珍しい本染めの浴衣を着たお姉ちゃん達のお仕着せ姿(ただし接客は御多分に漏れずつっけんどんである)といい、惜しむところはあるがおそらく私の訪問は今日で最後になるだろう。
私が来ようが来まいが、この店が浅草観光の興隆に伴ってこれからも益々繁盛するであろう事は疑いないけれど。


この日は悪天候でスカイツリーは雲間に隠れていたが、翌日中村座観劇の帰り道、美しい姿を見る事が出来た。
しかしこれも、偶々通りかかったから見たのであり、わざわざ見物に来たり、間違っても上に登ったりする気は、私には無い。

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