私のいきつけ13 新大坂(閉店)

この三日、体がおかしい。
寄る年波で段々肉食、油っぽい物が苦手になって来ているのにもかかわらず、一昨日はステーキ、昨日はイタリアンで子羊と牛イチボ、そして今日はひとり焼肉である。

どうかしている。

数日前から「今月で生レバーも食い納め」と言う感慨があり、焼肉へ気が向いてはいた。
まして明日から出張、それも四時起きで五時の始発に乗ると言う前の晩に一人焼肉。
何かが狂っているとしか思えない。


ともあれ私の高知市に於ける焼肉の殿堂「新大坂」へ車を飛ばす。断っておくが、「新大阪」ではない、「新大坂」である。

私はこの店を、いつもの如く自分の触覚で発見した。
愛宕方面のお客様を訪ねる道すがら、シンプルな看板と店構えに「ここはやる」と睨んだ。

やがて初陣を飾る日が訪れた日、私は自分の勘の良さに我ながら感心し、以後行きつけとなった。

何が嬉しかったと言って、それはこの店の「生セン」である。

私の「焼肉事始め」は地元窪川の「清香園」であった。
ここは北朝鮮の奥さんと韓国の大将のコンビという、言わば38度線な焼肉屋で、子供の時から親に連れられて足繁く通った思い出の店である。

今は無きその店の「生セン」が酢醤油ダレであった。しかも私は子供のくせにこれが大の好物であった。故に私は「生センというものは酸っぱいものである」という観念から一生抜ける事が出来ないのである。

しかるに、その後中学に上がり高知市内で焼肉屋へ行く様になると、どこへ行ってもあの「オレンジ色」の奇妙なタレが掛かっている。そしてセンマイは異常に白く脱色されている。私は「こんなん生センじゃない!」と叫んだ。

それは成人して東京へ行ってからも同じであった。何処へ行ってもあの、イヤな色のピリ辛ダレである。

そうこうするうち原点たる「清香園」は廃業し、私にとっての正しく酸っぱい「生セン」はこの地球上から消え去ったかと思われた。


それが、有ったのである。

先年亡くなった「新大坂」の大将は、大阪でタレのみを覚えて高知に帰って来た為に、生ものは試行錯誤であったらしい。
そこで生まれたのがこの酢ダレである。あえて詳述は避けるが、実にオリジナルな、素晴らしい味付けである。

私はこの一品で「新大坂」を私の地元焼肉ナンバーワンに認定する。

生レバーは正直鮮度が良ければどこで食っても美味い物であり、店の個性はさほど出ない。無論切り方等に好みはあるが、味付けが基本 、塩と胡麻油であってみれば大差はない。

が、「生セン」はそういう訳にはいかぬのである。

「生セン」論で紙幅が尽きそうな勢いだが、良いのはセンマイばかりではない。

この日のチョイスは、一人ゆえ肉の種類を網羅する訳にはいかぬ。大勢で来れば手の出る部位を割愛し、私の定番で勝負を賭けるしかない。

「塩タン」「ミノ」「ハラミ」が私の三本柱である。


今や高級食材となったタンが、惜しげもなく飾り気なく出される。いい色だ、実にいい色である。何度撮り直してもこのボロ携帯では忠実な色が出ない(実物はこんなに赤くない)が、実に美味そうな色艶である。厚みも塩胡椒加減も申し分ない。


「ミノ」という奴は実に難しい。何処で食べても「こりゃ美味い!」というのには中々当たらぬ。してみると、「清香園」のミノはよほど美味かったのであろう。私がそれを食べてミノ好きになったのだから。
今日のミノも私を納得させるものではなかった。中心部にあるグニョグニョが、私の口に合わぬ。「ミノ」はあくまでコリコリのみが願わしい。

しかしその不満は、次の「ハラミ」で一気に帳消しとなる。

今だ嘗て、この様に旨いハラミというものを私は食った事がないのであった。
何度も大勢の人間を連れては来たが、多人数の焼肉というものは喋るのに忙しくまた、「食」に執念の無い無神経な輩、つまり肉が焼け過ぎていようが野菜が炭になろうが、一向に無頓着な連中の世話を必死でしなくてはならぬ故、自分は食べた気がしないのである。

今日は一人でじっくり焼き、頃合いで口に放り込む事が出来る。
一枚目のハラミを頬張った時、私はちょっと信じられない様な感覚に襲われた。

およそこれまでの悪食道で、最上の快楽、愉楽、悦楽であろう。
舌の中ほどから上顎にかけて、横隔膜の弾力と、そこから滴り出る脂の旨味が、仕掛け花火の如く広がって、これはもう無類の極楽味である。


野菜はまとめて焼く。如何に焼肉と言えども目で食べる側面もあってみれば、彩りは肝要である。


腹に余裕が有ったので、ハラミをお代りしようかとも思ったが、グッと堪えて「ツラミ」と「ホルモン」を追加。「ホルモン」はまぜこぜではなく「シマチョウ」である。
これもともに上々のレベルで、今宵の肉は十分に堪能した。

さて〆である。


「テールクッパ」も捨て難いが、矢張りここは王道で「わかめスープ」とメシに評議一決。
「わかめスープ」の要諦は一にも二にも若布をケチらぬ事である。これでもか、と言う位入れて出汁を引き、その結果スープはうす緑がかっていなければならない。水くさい様なのは御免蒙る。
そして若布は決して「ふえるワカメちゃん」の様なコマ切れであってはならない。量も長さもまさに「オオギレ」でなくてはならない。

これを、麺を食う様にズルズル手繰り上げる。最後に数切れ残した肉を白飯の上になすりつけ、肉を喰らい、タレと肉汁のまぶれたメシをかっ込み、咀嚼しつつスープを流し込む。
この作法を知るこそ、鳥けものには無い、人間の特権である。

お父さん亡きあと、この店を切り盛りするお母さんの顔には、菩提を弔う者のウレイがある。
それを見ながら飲む酒の、味を知る者、いくたりぞ。


焼肉新大阪は惜しくも2012末に閉店されました。

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