お節句

さる五月五日、実家の美馬旅館において親戚の長男の「名付け」の祝いがあった。
「名付け」とは新生児の誕生を祝い、男の子なら五月五日、女の子なら三月三日に催す「初節句」の祝宴の事である。

高知市内でもこの頃はあまりやらなくなったこの習慣だが、窪川辺りではまだまだ根強く残っている。地域の結び付きがあってこその「おきゃく」であるが、他にも還暦を寿ぐ「六一」や、厄年を無事終えた事を祝う「ぬけ」、娘が遠方へ嫁ぐ場合の「門出(かどいで)」または「落成」(新築祝い)があり、兎に角何かにつけて集まって飲むのが土佐人である。

ただしこの頃は長寿が珍しくなくなった為か、「喜寿」や「米寿」を祝う会はあまり聞かない。
昔よく「米寿の祝いをするとちゅうぶ(中気)になる」と言って嫌う年寄りもいたが、あれは考えてみると、九十近くにもなって大宴会の主役となり、かわりばんこに挨拶に来る酔うたんぼ(土佐弁で酔っぱらい)に「おんちゃんいつまでも達者じゃねえ」とか「おばあちゃん百まで生きないかんぞね」とか言うて寄ってたかってアエマクラレタ揚げ句、気のぼせがして後日脳溢血になるのであろう。それが決して悪いとは思えぬが。


さてこの日は五十人ほどのお客。


正面床の間には高知独特の「フラフ」が飾られる。これは初宮詣りの産着や七五三の衣裳と同じく、嫁の里が婚家に贈るしきたりである。
日々の養育は嫁ぎ先がしているので、節目節目には実家がするという「持ち回り制度」なのであろう。実に賢いものである。裏を返せば「あっちにばっかり出させやせん!」と言う自負の見せ所でもある。


料理はもちろん「皿鉢」である。まずは何と言っても「刺身」。夏場は刺身やたたきの皿鉢は切り込んだ後、開宴まで冷蔵庫に入れてあるので「冷んやり」している。その温度がご馳走であり、逆に言えばちっと二番の刺身でも、冷たいうちに口へ放り込めば底々食えるのである。都会の人は高知と言ったら魚どころであり、皆がみな天然の一級魚を食べていると思っているが、とんでもない幻想であり、低予算の結婚式や二級の居酒屋などでは養殖や冷凍は当り前と思っていなければならない。
もちろんうちのは冷凍などではない、何十年の付き合いの須崎の魚屋が持って来る「びんびん」のカツオである。

「刺身」や「たたき」(主にカツオだが時にはグレ、ウツボなど)などの「生」、「にぎり寿司」そして海老や貝の煮付け、揚物、太巻やサバの姿寿司などを盛り込んだ「組物」が土佐の皿鉢の三本柱と言うのが通説である。


「組物」の中でも三色の層になった淡雪羊羹が飲んべえの宴会料理の中で異彩を放つ。
寒天、小豆羊羹、淡雪という取り合わせで、下戸や女子供のつまむ物も、と言う発想の様だが、私は子供の頃からこの羊羹が死ぬほど嫌いである。
酒の肴の中に唐突に現れる着色料のカラフルさが毒々しく、とても箸を伸ばす気にはなれない。まして寒天がニッキ味だった日には匂いを嗅ぐのも嫌である。
ごく稀にこれが好きと言う人がいるが、宴会の時、大抵手付かずで残っているところをみると、現代人の口には合わぬものである事に疑いは無い。にもかかわらず、皿鉢の彩りの中にこれが無いとどうも淋しい様な気がするのは「情がうつっている」としか言い様が無い。「羊羹の深情け」。


この日は親戚である「レストラン三木」の洋風皿鉢もあり。私は皿鉢の宴会があると真っ先に海老フライをゲットする。何故だか知らないが私はこの「冷えた海老フライ」と言う奴がたまらなく好きなのである。特に三木のは衣が厚過ぎず、冷めてもサックリ感がある。
この頃の人は何でもチンする癖が付いているが、私に言わせれば、食い物の中には「チンしたら余計不味くなる物」または「冷めたら冷めたで別の味わいが出る物」がある。フライ物はその典型で、あんな物下手にチンしたら油は回るは中身はパサパサになるわで、食えた物ではない。何でもかんでも「ぬくめちゃお」は大きなお世話、「ぬくめるによーばんちや!」である。私はささみのフライとか、赤飯や豆ごはんは冷えた方が美味いと思う。


さて、祝宴には無くてはならぬ「赤飯」である。これはうちのが一番うまい。子供の頃からなれ親しんだ味であってみれば、どんな名店老舗も敵わない。


「おきゃく」においては〆の挨拶などは無い。みな「勝手に」帰りたくなったら帰る。
ゆえに余った料理は頃合いを見て「折」に詰めて置かねばならない。
昔は皿鉢の残りを鍋にごった煮にした事もあったそうだが、流石に今日それはしない。


客も散り果て、ようよう我がメシどきとなる。
私の十大御馳走の一つ、「赤飯茶漬け」。
餅米の粘りが乾いて旨味となり、そこへ塩と胡麻、上等のほうじ茶が合わされば、これは不味かろう筈は無い。

風趣、とか、風雅とか、ホザいてみても、これを知らぬ者、山田五十鈴を知らずして女優を語るが如き浅墓さである。


「客往けば 小豆のメシに 茶の香り」



冷蔵庫が西日を受けて眩しく輝いている。まるでタトゥーの如く

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