正月記2013 下の巻 初餐

明けて元旦。ゆっくりと起き出し、年々パソコン打ちの宛名の多くなる年賀状を読み、「おかんし(御神酒)」の準備。
今年もおせちは自家製と京都おくむらの二本立て。それにマグロと鯒の造り、まいごの茹でたの、染五郎さんの御歳暮を正月用に冷凍しておいたローストビーフ、行きつけの銀座休み屋のお母さんに頼んで毎年送ってもらう築地の極上鯨ベーコン、などなど。




流石の私もここ数年ぐっと食が細り、食べたいけれども胃袋がついて行かない。昔は雑煮三杯は軽く行ったが、二杯がようやっとである。

酒はお得意先の蔵元から戴いた土佐鶴に酔鯨、染五郎丈の快気祝いの白ワインに、勘九郎丈襲名と、だいぶ前だが海老蔵丈の引出物の赤二本。


家族が一休みし、録画しておいた中村屋の「元禄繚乱 総集編」を観ながら、しみじみ。
やがて私も午睡となる。

夕刻に起き出して、恒例の元日温泉。いつもは町内の松葉川温泉だが、この日は気を変えてお隣佐賀町(現黒潮町)の「こぶしの里」へ。子供の頃、伯父に連れられ従兄妹たちと度々行った懐かしいお湯。緑色の薄っぺらい絨毯張りのスロープを、一気に駆け下りるあの感覚は、死ぬまで忘れるものではない。
すっかりリニューアルされて露天風呂も出来、ツルツル感は松葉川を遥かに凌ぐ泉質で、いい心持ちであった。

夜には従兄がシャンパン、白、赤葡萄酒持参で酒池肉林。昼の残りに加え、洋食シェフであるいとこRが「アッシェ・パルマンティエ」を仕込んで来、わが家のオーブンで焼く。かなり腹一杯だったのに「美味いうまい」と皆良く食い、大方平らげる。


が、誰も彼も寄る年波、以前の様に夜通しは呑めぬ。そこそこに散り、大人しく床に就く。

明る二日は初詣第二弾。町内屈指の古社「五社さん」こと高岡神社へ。


今年は珍しく母が一緒に行くと言い、五つある社の内、中央の「中ノ宮」へ参り、御札御守りを求め、いつもなら他の社も回るところだが、母は階段の多い他のお宮へは到底登るまいと思いの外「全部参る」と言う。聞けば毎年自分の誕生日に一人で来て全部回っていると言うので驚いた。血を分けた親子の間でも、知らぬ事は多いもの。

五社の他に、すぐ隣にあるので除け者にする様で申し訳無く、毎年参っている「大三嶋神社」へも参拝し、さあ帰ろうと神社前の案内図を見ると「大三嶋神社」のちょうど反対の場所に「三嶋神社」というのがあるではないか。「ここは未参」とまたまた好奇心湧き立ち、車を走らすこと数分。うっかり見逃しそうな人家の奥に、何とも神々しい石段があり、その奥には小体ながらもいかにも好いたらしい鳥居が私の様な闖入者を静かに迎えてくれる。


もとより地元の、それもごく近隣の住民しか知らぬ、まさに氏神さまであろう。
こうして、ここに今現在建っている事が奇跡の様な、奥津城である。
ちょっと外から窺い知れぬところは皇室の菩提寺、京の泉涌寺を思わせる。


格は違うが、この泰然たる構えは、この土地の鎮守としての威厳に満ちている。
一体いつまでこうしたお社が、日本の国の隅々に存在し得るであろう。豊作を祈り、感謝を捧げる農村の民草がその守護者である事は間違いない。

翌三日は母の里の氏神さま「琴平神社」に参って、地元の参詣は完了した。

夜は大阪「あら磯」から届いた河豚。初め染五郎さんに連れて行かれたのだが、ここの「焼きフグ」が気に入って、大阪観劇の折は寄せてもらっている。今回は初めて取り寄せに挑戦。「てっさ」もみがきで来たのをうちで引く。私は厚めが好きだから「河豚ぶつ」に。ポン酢が美味い。


焼きフグはニンニクおろしとオリーブオイルにからめ、特製の塩を振って焼く。もちろん普通の焼きフグとは全く別趣の物である。焼肉の塩ミノの様な。しかしこれが食べると病みつきになる。
続いて「てっちり」となり、そうなると「ひれ酒」である。家でひれ酒なんざオツだね(文楽)


翌四日は安心院からの「すっぽん」の予定だったが発注ミスで専用出汁が届かず、焼肉に変更。お得意先の精肉店特選のハラミが極上であった。

御馳走のオンパレードでいささか胃袋も疲れた。どれもこれも美味かったが、しかし、美味三昧の中で「これ食わなきゃ正月じゃない」という気分を最も味わわせてくれる極上の一品。それは他でもない「大丸」なのであった。


我ながら、口の地金は庶民である。

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