偏愛的女優論 第六章


坂口良子没。享年五十九。

朝から仕事にかまけ、夕刊を見て「あっ!」と声をあげた。まわりの人間が驚くくらいの声であった。

しかし、私にとって、私の声くらいの騒ぎではない位の衝撃である。

この人は、婆ァばかり追い掛けていた私にとって、人生初の、若いアイドルだった。

小学生の時から、大人と全く同じ番組を見て育った私は、同い年の人間と少なくとも十年近く記憶の範疇がズレている。

「池中玄太80キロ」初回時、私は八歳であった。にもかかわらず、このドラマの贔屓であり、中でも西田敏行以上に坂口良子のファンであった。そして次女の有馬加奈子。

現在の私、と言っても別にどうと言うほどの人間でもありはしないが、この変形、精神を創り上げるのに、このドラマは多大な影響を及ぼしているという事が今日、坂口に死なれて分かったのである。

この、昭和テレビドラマ史上、傑作中の傑作というべき美しい物語において、坂口良子の果たした役目は大き過ぎるほど大きく、私の様な人間は彼女に対して恩人の様な思いさえある。

玄太と暁子が一緒になる時、「待ってました!」とばかりブラウン管の前で号泣したあの日、まさしく「これで出来なきゃ世は闇だわ!」の気分であった。

つまり、小学生にしてすでに、綺麗事では済まない人生と、その中に求める一抹のささやかな希望、というものに絶対的な信頼、信奉、憧れ、もっと言えば「人生とはこうあるべき」と言う無自覚ながらも確固たる人生観を、このドラマは私に内萌させてくれたのである。

西田の心中察するに余りある。

そして「犬神家の一族」

プロローグ、もんぺを履いて金田一を怪しみながらその吸引力に絡め取られていく女中おはる。

昼飯を平らげた兵ちゃんに「全部あたしが拵えたのよ、何が一番美味しかった?」
金田一「生玉子」
はる「まあ、ひどい!」

襖はピシャリと閉まるのである。


あの、ふくれっ面。

婆専の私にとって、彼女は十六歳も年上ではあったが、私にとっては最年少の贔屓女優であり、若き、というより幼い頃の、私のアイドルだったのである。

数年前。芸術座の楽屋の廊下で、私は出番を終え壁に貼り出してある新聞劇評を読んで佇んでいる坂口の横を通り過ぎた。

よほど声を掛けようか悩んだが、私は通り過ぎた。
あまりにも、自分の中で大切に育てて来た花故に、それを壊すのが恐ろしかったのである。

いつの時代も女は恐ろしい。
可愛いかわいいと思っているのは男がバカで、女は常に一枚も二枚も上手である。
そう言いつつも、私は坂口に私のちっぽけな人生史上最高の「新人賞」を今宵与えたい。

坂口良子と塩酸モルヒネは私の中で生涯ワンセットであり、あの、憎いとも惚れたともつかぬ絶妙の表情は、昭和の大女優が寄ってたかって攻め込んでも、なかなかどうして難攻不落の坂口城であった、と痛感せざるを得ないのである。

「携帯の無い時代の女」

ふとそんなフレーズが浮かんで来る。

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