偏愛的女優論 第九章

京都から帰って、録画していた大河ドラマ「真田丸」を見る。

現代の役者の「いま」を見ながら、心は昔の名優へと飛翔する。

「役を演じる」という執念、怖さ、おどろおどろしさ、つまり「演技というもの」に殉死したという意味において、私の中で田中絹代を超えるわざおぎはいない。

数多見てきた映画、舞台の中で木下恵介の「香華」における田中の芝居は、楠田浩之のあのズームアップのキャメラワークとあいまって、比類なき壮絶、凄み、修羅の塊である。

生涯「ぎこちなさ」を克服出来なかった人が「私にはこれしか出来ません」と全身を抛り出して見せる、人間の恥。

こんなモノを見た日にゃあ、今どきの役者のお遊戯には、まあ付き合っちゃあいられない。

市川崑の「おとうと」の母親とこの「香華」の母親役において、田中絹代が前人未到の境地に達していることは論争の余地を持たない。

「マダムと女房」「愛染かつら」の田中とは別人である。

「雨月物語」といい、この人には日本の女の数百年の怨みが詰まっている。

山田五十鈴が「解放された最初の女」だとすれば、田中絹代は「ついに解き放たれなかった最後の女」と言って良いだろう。

高峰秀子などはその後にオギャーと産まれた乗っかり子である。

溝口の雨月の、あの宮木の無残な死を見よ。

女という性の根本、中枢、本質を溝口は田中に、無惨かつ最高の場を与えて演じさせた。

酷い。まことにむごいが、そこにこそ、真の美しさがあるのである。

小学生の分際で山田五十鈴に惚れ、長らく田中絹代を憎んでいた私がその真価を、つまり山田は二番で田中が一番だと認めるのには、齢二十五までを要した。

田中絹代は菩薩でも観音でもない。

日本の演技至上、唯一人の阿修羅である。

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