酔言猛語

偏愛的役者論 第一章

 

忘れられた名悪役。

その冠を欲しいままに、私がさせるのが渡辺文雄である。

東大卒の俳優と言えば一に山村聰、二が渡辺で、後は名を残すものは無い。

戸浦六宏とともに、大島渚の世界観に無くてはならぬ役者であり、極左と極右、両方の政治的匂いを出せる、ロシア人の如き稀有なる容貌。

小学生の時の私のご贔屓番組であった「連想ゲーム」では流石の知性で唸らせたが、晩年は旅番組や昼のバラエティーに隠居然として出演した。

それはそのまま、この人の素材としての微妙さを物語るものであり、ある意味「インテリの敗北」であった。

二十代の、まだ私が飛行機に乗っていたある時、高知空港で渡辺文雄にバッタリ出会った事がある。

「なにかお仕事で?」と尋ねる若年の私に、さほど不思議そうな様子も無く「いやー、これこれで」と、矢張り旅番組の説明をしてくれた氏に、もちろん往年の不敵さは薄れていたが、何かしら私はそこに「矜持」というものを見たのである。

彼の演じる悪役には、いわゆる王道の悪役とは違う「出て来た時から敗者の匂いのする大物」という新らしい形があった。

リアリティのある「人間の業」というものを、この人は出せる俳優だったのである。