駅弁
日曜からの東京展の為朝から上京。十三年前から飛行機に乗るのをやめた私はJRの在来線と新幹線を乗り継いで行く。
毎月(最高月三回)片道六時間かけて東京へ行っている、と言うと「気が知れん」とか「物好き」とか散々に言われるが、大きなお世話である。別に一緒に道中してくれという訳じゃあるまいし。
列車の旅には飛行機では絶対味わえぬ旅情があり、また私にとって車中のひとときはとても貴重な「誰とも喋らなくて良い時間」なのである。
本を読んだりブログを書いたり、家や店では絶対出来ない昼寝をしたり。
そして列車の旅の最大の楽しみが「駅弁」である。
私は「鉄ちゃん」ではないし、高知京都、高知東京の限られた区間の往復ばかりなので、全国の名駅弁について語る事など出来ないが、それでも少しは思い入れがある。
最近はどこの駅も近代化されて、古びた建物で味のあるおばちゃんが弁当を売っている、なんて光景は望むべくもない。ましてや映画に出てくる様な、ホームでおじさんが肩から掛けた箱(あれは正式には何と言うのだろう?)に入れて売るのを車窓越しに買う、なんてのは地方の人気ローカル線に行けばまだあるかも知れないが私は体験した事がない。
在来線においてはレトロなカートを押して来る車内販売のおばちゃんから弁当を買うのが一つの旅情だが、我が土讃線では十年ほど前から車内販売をやめてしまった。無論経費節減の為である。
昔私のお気に入りのおばちゃんが一人いた。「お弁当に、お飲物、サンドイッチはいかがですきゃー」という。
この「きゃー」という語尾が耳について、毎回このおばちゃんが乗り込んで来ると嬉しくなり「待ってました!」と心の中でぞめいたものだ。察するに岡山辺りの人であったか?
今は琴平からたしか坂出までの間、それも昼どきに限って弁当類のみの車内販売がある。
今朝は高知駅でサンドイッチとコーヒーを買い込んで発車すぐに食べたので岡山ではまだ空腹を覚えず、新大阪を過ぎた辺りで初めて回って来た車内販売の弁当を買う。
選択肢は三つ。幕の内二種と、牛めしである。
おねえちゃんを待たせながら、メニューを細部までねめ回し、揚げ物の入っていない方の幕の内にする。
「日本の味博覧」という名で、「なだ万本店山茶花」にかつて在籍し、東京サミットの折の調理を担当したという「かいせき井中居」の主人が監修、というふれこみ。
まずはご飯を一口やるのが私の流儀なので、二種のうち小海老飯を口へ入れてびっくり!「う、美味い」。
桜海老よりもっと小さい妖精の様な海老が、香りといい歯ごたえといい、まことに結構。
この時点で「お主、中々やりおるな」である。
続けて炊き合わせ。
私は駅弁や旅館ホテルの和朝食で、何が嫌いと言ってこの炊き合わせが一番嫌いである。
「炊き合わせ」そのものが嫌いな訳ではない。駅弁や和朝食に付いてくるのが経験的に嫌いなのだ。
これらはほぼ九割以上の確率で不味い。出汁が悪く野菜も吟味されていない筋ばった様なのが多く、かぼちゃの水っぽいのなんかに当たった時にゃ何とも言えぬ情けない気分になる。また高級旅館や一流ホテルの場合は豪華さを出すためにがんもどきを入れる。あれがまた嫌い。酒飲みの朝飯に生暖かい油物ほどえずい物はない。
ところがどうだ、この炊き合わせ、食える。
湯葉から始め、れんこん、ふき、椎茸と箸を進めるがどれも悪くない。椎茸のエグいのに当たったら後まで口の中が嫌な味で支配されるが、これは実にいい炊き加減である。かぼちゃも今時分にしてはコクがあって上々。
もう一種のご飯「赤米飯」に箸をつけると、これまた風趣。毎朝五穀米の粥を食べている私は白飯以外の飯にも馴染みだが、この赤米はいい。むぎむぎとした食感といい、色といい実に茶味のある物。
魚は「めぬけ」という初耳の赤魚の西京焼き。これがまた味噌がごく控え目で魚の味が良く分かる佳品。
浅利の海苔佃煮、穴子蒲焼きと来て最後に残しておいた「えんどう寄せ」なる真薯を頬張った時、この弁当に対する評価は急勾配を描いて三ツ星に登り詰めた。
その香りの良いことと言ったら無い。噛むごとに口の中で初夏の青く爽やかな香味がふぁーっと広がり、一瞬幸福感にさえ包まれた。
あまり絶賛すると回し者の様なので、若干の難を言うと、炊き合わせの絹さやが火が通り過ぎでベチャだった事と、玉子焼きがJR東海の弁当共通の東海道の焼き印入りの物だったこと。不味くは無いがここまで来たら玉子焼きもオリジナリティがほしい。
後は漬物と梅干しが、平凡。というか私は紀州南高梅が嫌いで、弁当の梅干しはカリカリ小梅の方がいい。さもなくば思いっきりしょっぱいの。甘酸っぱいのはゲンナリである。
ともあれ、久々に美味い駅弁を食べて大満足。これでたった千円とは申し訳ないくらいである。
美味しい物を食べる秘訣。その第一は期待し過ぎないで食べる事である。
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