棺へ入りて

原田芳雄が逝った。

ついこの間、体調を崩しているという記事を週刊誌で読んだばかりであり、あまりにあっけない終わり方である。

最後に公の場に姿を見せた時の顔は、すでに死相を越えて仏の様になっていた。
透き通って、解脱し切った宗教者の様に。

ゆえに、「あんなにやつれて可哀想」という陳腐な感慨さえ与えず、ただただ「この人は間も無く死ぬ」という峻厳な事実だけを突き付けた。

まだまだ活躍すべき優であり、七十代はさぞ魅力的な老人像を見せたであろうと、惜しむに余りあるが、それでもやっぱりこの人は運が良かったと言わざるを得ない。

縁の深かった若松孝二監督が語った通り、「最高の死に方」である。
晩年まで「彼でなくては」というオファーが絶えず、本来「派」の違う日本薄謝協会でもいい仕事を残した。

原田芳雄が吉田茂をそっくりさん的に演じるなどということは一昔前なら考えられなかった事である。

偏屈な人間、というのが彼の代表的な役柄の骨子であるが、それが名人の域に達し始めたのは夏川結衣が世に出た異色作、「家族A」であった。

もう十七年も前、私が二十代前半のテレビドラマであるが、この時の原田は凄かった。

家族がぐちゃぐちゃになっているのに、平然として我関せずの態度を貫く強烈な個性の父親像は、私の長い役者遍歴の中でも忘れる事が出来ない。
私が気に入っただけあって、このドラマは低視聴率の為途中で打ち切られた。

師、杉村春子先生は、「この役はあの人のもの、という役を三つ持てたらその役者は幸せ者」といつも言っておられた。

舞台人ではなかったので、繰返し演じる当たり役こそ持たなかったが、キャラクターとして、これは原田芳雄以外ないだろうと思わせる演技を三つどころではなく遺したのは、実力もあり人柄もあったろうが、やはり幸運である。

「アウトローの居場所が有った時代」に憧憬を抱く松田優作はじめ後輩役者たちにとって、原田は特別な存在であったろう。

言うなれば彼は「男の美学」派の教祖なのである。

しかし、それだけが日本の男の背中ではない。忘れちゃならぬ名優がまだまだいる。

それらを正しく評価してこそ、原田芳雄の本当の値打ちも立ち位置も見えて来る。

話は女優に変わるが成瀬映画の名脇役であった中北千枝子がひっそりと亡くなった時、その死去の記事の扱いがあまりに小さく不当である、と関川夏央が自身のコラムで激した事がある。
私はそれ以来関川氏にシンパシーを感じ、一種の恩義すら感じている。

して見れば、この度の原田の死の扱われ方に引き比べ随分と素っ気なく扱われ、世に忘れ去られた名優たちの事に思いを馳せぬ訳にはいかぬのだ。

健在であっても、制作側の知恵無き故か、所属事務所の関係か、まったく姿を消してしまった名優がいる。

「山さん」こと露口茂などその典型である。
イマヘイの傑作「赤い殺意」からシャーロックホームズの吹き替えまで、善と悪の両極を往還出来る点に於いて、この人などは名優中の名優と言わざるを得ない。
誰か心あるプロデューサーは居ぬものか?

時代が求め、時代が忘れる、これはあじきなき世の定めではある。
その中で、原田芳雄は十分に評価され、惜しまれつつ旅立った。

めでたしと言う他はない。
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