名優の死
さて、今の日本映画演劇界で、私が迷いなく「名優」という称号を捧げる人が一体何人いるか?
そもそも、名人とか名匠とか名刹とか、「名」の付くものには「そのジャンルで最高位を極めたもの」にしか与えられない厳かな基準があって然るべきである。
名所、名物、名店など、濫造し過ぎて価値を失った「名」も多いが、「名優」という言葉を私なりに厳粛かつ慎重に取り扱うならば、杉浦直樹という優はそれに該当する数少ない一人であった。
山田太一作、深町幸男演出の傑作ドラマ「今朝の秋」(この作品が小津安二郎に対するオマージュである事は言う間でもない)において、小津組の代表選手である笠智衆、杉村春子両御大を相手に杉浦が見せた演技は、凄まじいという他はなく、間違いなく我が国テレビドラマ史上における名演技の一つである。
この時の杉浦は、大先輩の胸を借りながら一歩も引かぬ気組みで、死を見据えた男の姿を生々しく壮絶に演じきった。
無論、それより前に「あ・うん」がある。
後年、高倉健が映画版「あ・うん」で門倉を演じた時、作品選びに誰よりも慎重であり、他の俳優の偉業に対して人並み以上に敬意をはらう健さんが何故?と思った。
この映画版は完全に失敗作だった。
この作は、杉浦直樹、フランキー堺、吉村実子、岸本加世子、岸田今日子、そして志村喬という奇跡のキャストで完結しているのであり、映画化する事自体が所詮間違っていたのである。
向田の書いたあの男の味は、高倉健の世界ではない。
あれを演じられるのは世界にただ一人、杉浦直樹だけである。
何故か?
高倉は全てを格好良く、侠気一方で演じる。
杉浦はそこに、戦争で成り上がった人間の、羞じらいや遠慮、経済的窮地を助けてやった親友に対する絶妙の接し方、さらにその妻に対する恋慕を隠し、卑屈でなく尊大でなく「殊更自然に振舞おうとする不自然」というまことに人生の苦味の絶佳(鮎のうるかのような)、というべきものを表出した。
それこそ向田邦子のワンダーランドであり、つまり高倉には役が複雑微妙過ぎるのである。
舶来のスーツをちょっとキザに着こなす、なんと言う所も杉浦であって高倉ではない。
健さんがやると当たり前に格好良すぎるのだ。
あの時代だから似合った「コンビの靴」などと言う物も、杉浦でなければ説得力を欠く。
かくして門倉は杉浦一代の、他の追随を許さぬ当たり役となった。
私が最後に杉浦を見たのは松本幸四郎との共演舞台であった。
この時、近年実力の拮抗する役者と共演する機会の少ない高麗屋が、杉浦を相手にして、眩しいような演技の炎を燃やしたのを見て、私はつい落涙した。
そしてその楽屋で、千秋楽の乾杯に出向く杉浦とすれ違い、私は声を掛けようとして掛けられず、会釈をしながらただ心の中で「ありがとうございました」と呟いたのであった。
その折の杉浦の、何とも言えないサッパリした表情が忘れられない。
爽快というか、とにかくやることはやった、という男の、何とも魅力的な貌だった。
私はその時「永年この人のファンで良かった」と心の底から思った。
原田芳雄の様に、多数の後輩に賛辞を贈られる事もなく、静かに世を去った杉浦に、私は無性に哀惜の念を感じる。
「いいじゃないか、あんたが分かってくれてんだから」
向田調の台詞を喋る杉浦の声が、夏の盛りを過ぎ、その生を終わろとする名残の虫の音とともに、私の心に、しんしんと響いてゐる。
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