私のかかりつけ 三ノ院
前回、前々回は私のかかりつけの中の「殿堂入り」を振り返った。
今回は最新の、現在最も頻繁に通っている「かかりつけなう」をご紹介する。と言っても実はあまり紹介したくないのが本音である。
理由は他でもない、今でも結構繁盛しているので、これ以上流行り過ぎると、パッと駆け込んでサッと診てもらいたい私の行動パターン上、都合が悪いのである。
私の高知の寓居からほど近い紅葉橋のたもとにある「えぐち鍼灸整骨院」が、私の今の止り木である。
毎日通う道筋にこの院が建ってから、一度試しに行かなくてはと思いつつ、いつも仕事帰りの七時半過ぎ、診療時間を過ぎてロールカーテンを下ろした中から明かりの洩れるのを脇目に見ながら、橋の手前の坂を曲がる度に、「いつか来る日」を温めていた。
時満ちて、この院の門をくぐった。
やっぱり私の勘はいい。当たりであった。
先生は私より七つ下の、元高校球児らしく爽やかなイケメンだが、眼鏡を掛ければ大江千里、掛けない時の目は、本人は喜ぶまいが、松尾貴史に似ている。
まず扉を開けると、真新しく清潔な院内には癒しの空気とともに「ようこそ感」が満ち満ちている。これがまず肝要である。
料理屋であれ、着物屋であれ、診療院であれ、初めての所へ足を踏み入れるのには勇気が要る。
無論、殿堂入りの名店ともなれば門戸狭く、訳の分からない有象無象を排除するのに「無愛想」の技を使うのを私は否定しない。
これは一流高級店よりむしろ、市井の名も無き「怪店奇店」にこそ当てはまる特権である。
伝説中の伝説店、柏島「きみちゃん」は言った。
「自分の食べる分まで売って商売せんなんことないきね!」
この院からは看板を上げて日も浅い主(あるじ)の、謙虚で慎ましい客迎えの心構えが感じられる。一所懸命にこの地に根を張って行こうとする熱意と、しなやかな闘志がひしひしと伝わって来るのである。
スタッフは院長、現在半産休中の院長夫人、それに若い柔道整復師のAちゃんの三人。
このAちゃんが又いい味である。憎めないポッチャリ顏の、見るからに「のかな」雰囲気で、実際トークもややスッとぼけているが、なかなかどうして彼女なりに気を使って、「必死」である。混み合って臨戦体制になって来ると、先生はやや神経を尖らしているが、それら全てが微笑ましい。
肝心の施術内容は、電気、鍼、灸、指圧、ストレッチとフルコースである。
三つの寝台を同時進行ゆえ「付きっきり感」は無いが、そう長く待たされる事もない。この点非常に気を遣い、「美馬さーん、電気終わりましたね。少しお待ち下さーい」などと、マメに声掛けを励行する。
鍼はごく浅めの、初心者にも全く心配の無い「無痛系」である。
しかし私の一番の楽しみは最後に施される先生の指圧。
マッサージ
揉んでの末の
マッサージ
と詠んだ私である。
この道の「絶妙ぐあい」というものは体が知っている。強すぎていかず、弱くていかず、「ぼっちり」という揉み手には中々出逢わぬもの。
この点に於いて、江口先生は私にとって今現在、最上の揉み手である。
ただ惜しむらくは、マッサージ治療院ではない為、先生を独占して一時間なり九十分なり揉み続けてもらう訳にはいかない。「もうちょっと〜」と言いたい所で切り上げられるのが痛い所である。
これは、あえて完璧な味から一味引く事によって飢餓感を煽り、リピートを呼ぶ「インスタントラーメン戦法」に嵌ったも同然である。
もちろん、先生にそんなつもりはないが。
先生は、部活帰りのスポーツ少年には「頑張っちゅうか?」「ここを痛めるがはフォームが悪いきで」と優しさの中にも同じ道を歩んで来た兄貴の頼もしさを見せ、爺ちゃん婆ちゃんには「先生!今日はここを強目にやって!」と言われれば逆らわず、さりながら「あんまり強うやり過ぎたらかえってしんどうなったりしますきね」とやんわりいなす。すると婆さんも「ああそうか。ほいたら先生に任いちょく」と戈を収める。
私ならいきなり「そんな事言うたちいかん!」と怒るところだが、飽くまでもソフトである。
これじゃあ客付くわ。
最高の医術とは、まず患者に信頼される事に他ならない。例えそれが、大学病院であろうと、町の鍼医であろうと。
診察の合間に、愛娘ももちゃんが寝台をチョロチョロ覗くのも、ご愛嬌である。この嬢の下に、つい先日待望の跡取りが産まれた。まさに順風満帆、一家は磐石、先生はますます仕事に身が入る事だろう。更なる研究、技術の研鑽を願う。そしていつの日か、「殿堂入り」をしてくれる事を夢に見るのである。
もちろん、先生は勢い良く波間を飛び跳ねるカツオ、肝の座った院長夫人が、それを泳がす雄大な土佐湾である事は、言う間でもない。
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