燃え上がる赤い血、または滑稽なるハードボイルド(大江健三郎×村上春樹×美馬勇作)
久々に頭に来た。
頭に来た事を、夜に持ち越して飲みながら書くから、ますます腹が立って来る。
だから「酔言猛語」なのだ。
今朝、朝早く旅館を発った歩き遍路のお客さんから「部屋に忘れ物をしてませんか?」と電話があった。探して見ると果たして有る。
しかし、すでにかなり遠くまで歩いていて、戻る事も出来ず、国道を外れた遍路道に分け入っている事とて、車で届ける事もかなわない。
幸い、私が毎日高知方面まで出勤しているので「次の宿でも決まればそこまで届けよう」と次の連絡を待った。
やがて連絡があり、今夜はS市のビジネスホテルTに宿を取る事に決めたという。早速宿に連絡を取るが、昼間は常駐のスタッフがいず、午後四時以降でないと受け取れないという。
そこで私が閃いた。ビジネスホテルTと言えば、すぐ手前にS市の警察署がある。つまり、お遍路さんが宿へと歩く道すがら。そこへ預けるのが一番と、電話を掛けた。
おそらく新人の、イマイチ頼りない男が受話器を取る。
男「もしもし、S警察署ですが」
私「もしもし、こちら窪川の美馬旅館と申しますが」
男「窪川?窪川の?」(管轄外からの電話ですでにマニュアル外モード)
私(先程より語気強く)「ミ・マ・リョ・カ・ンと申しますが!」
男「はあ」
私「斯く斯く然々で、お客様が忘れ物をしましてね、ところがお客様はだいぶ遠くまで歩いてらっしゃるもんですからね、今夜のお宿がS署のすぐ近くのホテルTだそうなので、そちらで預かっていただけないかと思いまして」
男「少々お待ち下さい」
保留音「ツーツー」(上司に相談中)
男「お客さんの遺失物ですか?」
私「いや、遺失物じゃなくて忘れ物ですよ」
男「お客さんとは連絡ついてるんですよね?」
私(やや嫌な予感にムカつきを覚えながらも冷静を装い)「ええまあ、今は連絡ついてますけどね、相手は歩き遍路さんですからね、今こうやって喋ってる間にも(あんたが保留しちゅう間に)山の中で電波通じんなるかも知れませんしね。第一、県外の方に、今どこにおりますか?言うて問うても、現在地説明できんでしょ?だから私がそちらまで届けますから、渡していただけたら一番有難いんですが」
男「少々お待ち下さい」
保留音「ツーツー」(又もや上司に相談中)
男「もしもし、お客さんとは連絡ついてるんですよね?それでしたら直接やりとりして渡していただく方が。こちらで預かると色々手続きとか書類とか、面倒になりますので」
ブッツーン。プツプツプッツーン。(美馬脳壊れる音)
私「あなたねえ!お遍路さんは遍路道歩いてるんですよ!」
「国道でさえ電波の途切れる高知の山ん中で、どうやって落ち合うんですか!県外から歩き遍路に来て、忘れ物して困っちゅう人の物を、たった数時間預かるだけの事でしょう?」
「それっぱあの事せんかったら、田舎の警察に一体何の仕事がある訳?」
「 それやったら存在価値無いやいか!いよいよ不親切な!」「もうえい!あんたくには頼みません!」
電話をガチャンと切って終わりである。
幾つになっても変わらぬ気性はどうしようもない。
警察などというものは、日頃他人のうちの商売の一番忙しい時間帯に玄関口で「すみませーん!」「ごめんくださーい!」と呼ばわって「こういう怪しい者が泊まってませんか?」だの「不審な宿泊客が来たらお知らせ下さい」だの「指名手配のポスターを貼ってくれ」だの、さんざ捜査協力を頼んでおいて、たまにいざこちらが頼んだら、たったこれっぽっちの事も請け負わない。
何が「地域に根ざす警察」か?
「ちゃんちゃらおかしい」と言うのはこういう事を言うのである。
凶悪犯罪の一つも起こらぬ地方の、さらに田舎町で「困った人を助けるお巡りさん」の役割を忘れ「民事不介入」などというテメエに都合の良い金科玉条を盾に、わずかな労を惜しんで人の役に立たない事に平然でいられる無神経。
まさに「税金ドロボー」である。
結句、その忘れ物はどうなったか?
ちょうどお客さんが宿に着く頃に須崎の塾へ通ううちの子が、貴重品を預かる緊張を覚えつつ、汽車に乗って運んだ。
お客さんは、礼を言って自販機のジュースをくれた。
これが、これがまともな人間の世界であり、当たり前の行いである。
役立たずの大人より、気の利いた小学生の方がはるかにマシ。
当り前の事をせぬ者は「まっとうな人間」である機会を逃し、どんどん「まともな人間」から遠ざかっている。
現世では、彼と我との差は少ないかも知れない。
が、必ずどこかで帳尻は、合う。
それが、人の世である。
「縁無き衆生は度し難し」
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