生涯の痛恨事

こいしさんが逝った。

日本漫才史上最高最長最上の黄金コンビ、夢路いとし喜味こいし。
二人は常に「自分たちはトップは目指さず、二番手三番手を長くつとめたい」と言っていたが、私に言わせれば、この二人はとうの昔からずっと、「ぶっちぎり」のトップであって、その認識が世間に無いとしたら、それは世間がボンクラなのであって、いかに「本物」を知る人間が少ないかというだけの事である。

ダイラケとやすきよの間に挟まって、強烈な個性に欠けるような評価を与えられて来たきらいがあるが、とんでもない。
いとこいの漫才こそ、悲喜こもごもの人生をまろやかに、シャープに、包括的に表した最高の名人芸であって、その内包する人間讃歌は、能、狂言、文楽、歌舞伎、どんな芸能にも劣りはしない。

この二人が文化勲章はおろか文化功労者にさえなっていない事は、この国の文化行政のレベルの低さを何よりも雄弁に物語っている。(ただし大阪市の無形文化財にはなっている、この点大阪は偉い)。
私の贔屓の中でも森繁、山田、杉村、歌右衛門は文化勲章を受章もしくは打診され、全員文化功労者にもなっている。

お笑いを一段も二段も格下に置いた文部官僚は元よりクルクルパーだが、主に東京を中心とする一般庶民も、そういう権威主義に侵されている。お二人に対する扱いの低さは、上方漫才に対する東京人の理解の浅さに大きく由来する。
例外として、米朝は文化勲章を受章しているが、米朝本人が言っているように、いとこいの漫才の品格と完成度は別格であって、十分栄典に値する。早死にしたのなら致し方無いが、体の弱いいとしさんが七十八まで生きたのに、文化功労者にもしていないのは本当にバカとしか言いようがない。それにひきかえ最近の文化功労者や文化勲章の顔ぶれを見ていると、首を傾げたくなること夥しい。戌井市郎が文化功労者にもなってないのに蜷川幸雄に文化勲章を与えるとは何事か。誰が決めているのか知らないが、片手落ちもいいところである。

まったく、いとしこいしが真の国宝でなくて、誰が国宝か!
交通巡査、ジンギスカン料理、物売り。この三本はまさしく三大義大夫狂言に匹敵する。
この二人を結婚式に呼ぼうとして間に合わず、生でお目にかかれなかった事は、悔やんでも悔やみきれない、我が人生の痛恨事である。

一点を穿ち、ぶれず、ひたぶるに我が道を行く。これほど尊い事がこの世にあろうか?
それ以前に天性の才能があるべき事は言うまでもなく。
四十代を前に、私の人生の師匠はいとこい師匠しか無い、とあらためて思う。

お豆腐の様な、味噌汁の様な、誰が食べても、いつ食べても、いくら食べても飽きの来ない味。
とうてい真似の出来る物ではないが、極北の星として、心の真ん中に、常に抱いて行きたいと思う。


兄がぼけ
おとと突っ込む
冬の星

一代の
コンビ散りぬる
硝子空

ジュージューを
ジュジュジューという
兄がいて
ぼんぼらさんと
弟の言う

きんぎょきんぎょ
ぎょっきんぎょっきん
きんきらぎょんぎょん
きんきらぎょんぎょん
もうええわ

松茸を
張り替えるこそ
をかしけれ

弟は
下じゃ下じゃと
こいし言い

君恋しと
兄のもとへぞ
逝きにけり

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