三婆とチキンライス 下
ドヤドヤと流れ込んで来たのは、八十がらみとおぼしき三人の老女であった。
さほど常連ではないらしく、ショーケースの一品を「あの、土佐風ナントカ言うがは何でした?」と、席に着くのを待たず帳場の仲居頭に聞く。
カシラは慌てず「まあどうぞお掛け下さい」と促すが、猶も老女は食い下がる。
カシラが「鳥です、鳥の唐揚げです」と答えると、今度は二番手の老女が「あの白い小鉢は何やったぞねえ?」と畳みかける。
カシラはキッパリともやんわりともつかぬ調子で「あれは一品ですけど、その時々で変わりますので、前とは違う物になるかも知れません」とほぼ模範解答である。
老女は鳩首会談の上、当初の唐揚げとは全く別の「ちらし寿司」を注文する。
ここらが侮れぬところである。
「あたしは鳥はいっつも食べゆうき」なぞの補足があって後、肝心の、時事ならぬババ放談となる。
さして聞く気もなかったが、能弁な一番手がしきりに言いつのるのが耳について、繰り返しの二回目からすっかり覚えてしまった。
自分の友達(もちろん同じく老女)いわく、娘が大事な仕事中に携帯へメールして来た言うて怒るけど、あたしはメールしちゃあせん、と。
「しちゃあせん」と言いゆうに、「そんな携帯やったら捨てえ!」と言うと。
(ここら辺りは高知県民以外の人が読んだら一体どういう母子かと思うかも知れませんが、高知の人はこういう言い回しを普通にします)
ここで二番手は「あたしらあでも有る有る。掛けてないに掛かる事」
一番手は今、自分の友達はメールしてない事を大前提で喋っているので、二番手の半畳にイラッと来ながら遮り、三番手は「携帯を捨てえ!らあ言うがはそら言葉のアヤ。アヤアヤ」と収めようとする。
ちょっと小耳に挟んだところでは、携帯の操作に不慣れな年寄りのミスに、仕事の忙しい現役世代の娘が親子の遠慮無さからキレただけの話かと思うが、こっからがこの三婆の真骨頂である。
くだんの一番手。
「けんどあたしその話聞いてよ、あんた謝る事あるかね!言うちゃったがよ」
「なんでち、あんた!そればあ音がしたらいかん様な大事な仕事中やったら、自分がマナーモードにしちょらんががおかしいこたないかね?」
そらそうじゃ。
もっともじゃ。
いよいよ、この人らあのシッカリしちゅう事にはヤラれるよ、と思うた。
そう言いながらも彼女らは、娘世代を一方的に責めるのでは無く
「年寄りはこういう事をするもんじゃ、と言うことを若い人も分からないかなあね」
と、自分らとて無謬ではないという事を、至極冷静に分析するのである。
その賢明さにしばしホロッと来たのも束の間、今度は何やら冬支度の話である。
やれ、パンツは二枚重ねだの、化繊はどうで綿はどうで、直に履くか上から履くか、とまあ、かまびすしい。
しかし、これが何とも切実でありながら人間的であって、バーチャルではない生活の逞しさがある。
ついついお茶を二杯もお代わりをしながら、聞き入ってしまった。
こういう婆さんがいるうちは、日本は安泰だ、と思いながら、至福の午餐を終えて店を後にした。